、兄の風守は母なき子であるし、光子と弟の文彦は母ある子であった。風守の母が死んで、後添いにできたのが光子と文彦だ。異母弟の文彦を後嗣《あとつぎ》にするため、風守をキチガイ扱いに座敷牢へ閉じこめてしまったのだという世間の噂を光子も小耳にしたことがあった。世間の噂はさほど気にかからなかったが、血をわけたイトコの一枝にこう云われると、鋭い刃物で胸をえぐられたようでもあるし、身体が凍るようでもあった。
 彼女が学んだ国史にも、朝廷や藤原氏や将軍家などにゴタゴタや争いが起るのは概ね相続問題で、時には二派に分れて国をあげての戦争になるほど深刻な問題だ。実の兄弟でも時に紛争が起るほどだから、異母兄弟となると相続のお家騒動はきまりきったようなもの、小説や物語をよんでも、異母兄弟が争わずに仲よくすると、ただそれだけで美談のような扱い方である。世間を知らぬ光子だが、相続のゴタゴタは、単純な学習生活からでも身にしみて分るのである。また、彼女の環境が、特にその問題に敏感である理由もあった。
 風守と光子は同じ父の子ではあるが、戸籍上では、風守は本家の養子、本家の後嗣で、すでに兄と妹ではないのである。これについ
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