さなければなりませぬ。かの別館はそれを予定して建てられたものでありました。しかし、いかにすれば代りの誰かを焼き殺すことができるでしょうか。予定の計画によれば墓をあばいて屍体を焼く筈でありました。しかし私の単独の力では、それを為しとげることはできません。遊学したい一念に思いみだれた私は、不覚に、藤ダナの下で、心の迷いを露出してしまったのです。はやく風守さまを消滅させたい願いは近づいた死期の予言となり、それを欲して為し得ぬ悩みは、生きているのはやさしいが死ぬことはむずかしいと言葉となって表れたのです。私自身の生死のことではなく、風守さまという架空のお方の生死について偽らぬ感懐でありましたろう。
コクリサマの予言を見て確信的に否定したのは、風守さまを殺す者が私自身であるによって当然のことでありました。私はみたし得ぬ心に足おもく別館へ戻りました。、すると、別館に忍び入る意外な人物を見出しました。それは言うまでもなく木々彦であります。私は誰何《すいか》して口論を重ねましたが、酔い痴れた彼があくまで謎の人物風守さまを一見したい、彼は狂人ではあるまい、と言い張るのをきくうちに、ムラムラと悪心が起りました。私はかの予言を思いだしていました。彼の希望の如くに対面を許してやるとあざむいて、真ッ暗な屋内へひきいれ、座敷牢へ押しこめて錠をおろしました。そこまでは予言の如くやりとげましたが、火を放つ勇気はなかったのです。私は混乱しつつ大殿さまのもとに走って、木々彦を座敷牢にとじこめたことを報告しました。私が言うべくして隠していた心事は大殿さまにイナズマの如くに閃いたのかも知れません。大殿さまはよろしいと申されて何のためらいもなくお立上りになると、ただちに別館へ赴かれ、アッと思うひまもなく火をかけて、お前は帰れ、何事も人に語るな、と言いすてて雨戸をとざしてしまわれたのです。それからのことは御承知の如くであります。蛇足として、すべては身に定った運命であると再び申し添えておきましょう。それが生きてきたすべてでもあり、死に行くすべてでもあります。
★
海舟は虎之介の持参した英信の遺書を一読した。読み終えて、虎之介に手紙を返した。海舟の顔には安らかな色が現れていた。
「運命というものは、在るような、また、ないような、あまり当《あて》にはならないものだ。つらつら悲劇のもとをも
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