洋館をつくって住んだ。屋根に鐘楼があったので人々はいつか時計館とよんだのである。彼は馬車で商社に通った。まさに飛ぶ鳥を落す殿様ぶりであった。
★
彼はお久美を探したが、行方を知る者がいなかった。しかし二号もつくらず、女に深入りしなかったのは、女を怖れていたからである。気心の知れない女が一様に薄気味わるくて、商法に熟達し、社交になれても、女に臆する気持だけはどうにもならなかった。それが彼の商法を順調に育てたのかも知れなかった。
女がシミジミ恋しいと思うようになったのは新築の西洋館に移りすんでからであった。衣食住がととのってみると、足りないものは女だけで、未知の世界であるだけに、尚さら怖しく、恋しくもあった。
ある日、お客を招んだ宴席の女主人が正二郎をひそかにひきとめて、
「旦那、駒千代というは妓はお気に召しませんでしたか。この土地から出たばかりで、定まる旦那もないのですが、気立もよく、身寄もない妓で、旦那に迷惑をおかけすることもないようですが」
と持ちかけた。人の心が顔に現れるとでもいうのか、まるで彼の心を見抜いたように時を得た至妙な話。正二郎はその宴席で
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