しくハシャぎ語りつづける妹の様をジッと見ていたお園は、その言葉に胸を刃物で突かれたほど鋭い痛みを覚えた。自分も母もこの境遇には興味がないのだ。それを駒子は知らないのだ。そして母が父の本妻となり、自分が実子となったとき、義理の父のメカケたる自分の運命はどうなるのかと、小さい胸はただそれだけで一パイなのだ。妹が妖しくハシャイで語りつづけるワケは、ただそれだけなのである。
 可哀そうな子供よ。心配するんじゃないよ。この境遇を幸福と見て酔っているのはお前だけだ。私たちはお前の幸福を祈っても、それを乱しはしない。
 しかしお園の心にはムラムラと黒雲がわきたったのだ。この境遇が幸福でないとは、私はなんというウソつきだろう。駒子に代って、この家の相続者、全部の富をつぐ者は自分だけだ。それを、オメオメ妹にまかせて満足などとはウソのウソというものだ。彼女はいささか目のくらむ心持をおさえ、ホッとひと息、
「とにかくお米お源という人をこの屋敷から出さなければ、あんたも幸福にはなれないのだし、その二人を追んだすには、お母さんがここの本妻で私が実子にならなければ解決ができないのだものねえ。本当に、どうしたら三人のために良いのだろうねえ」
「私には、昔は、ないよ」
 お久美はそのとき、フッとまた、石のような重い呟きをもらした。
 そのとき、この邸へ酒気をおびて乗りこんできたのは八十吉であった。
「ヤイ、女房とオフクロをだせ」
 この報せをうけて、ナニ、オレが片づけてやるよと、軽く立上ったのは一力であった。こういうことなら、お手のものだ。八十吉を別室へよんで、いくらか握らせ、
「当家はむかしの旗本で、お久美さんの遠縁に当るもの、かねて行方をさがしていたのだ。お前らにも悪いようにははからわない。数日後には返しもしようし、そのとき、お前たちにも存分にお見舞いをだすから、今夜はひきとりなさい」
 荒海で、イノチをかけて生きてきた老勇士、静かな言葉にも、荒くれ男の胸にひびく真実がある。八十吉はペコリと頭を下げて、
「ヘエ。そうですかい。お話は分りましたが、念のため女房にだけ会わせて下さい」
「なるほど、それは尤もだ」
 そこでお園に言い含め遠縁の者だという程度に、深い話はせずに安心させて返してくれるようにと八十吉のもとへ差しむけると、お園は案外にも、みんな打ち開けて、
「お母さんはイヤだと云うが、ひとま
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