き、二人のどちらへ先に茶ワンをだしましたか」
 千代は驚いて顔をあげたが、蒼い顔にちょッと血の気がさした。
「甚八さんへ先に差上げたと思います」
「どのへんの位置へ差しだしましたか」
「膝のすぐ横手でしたでしょう」
「次の茶ワンは?」
「東太の膝の横手です」
「兄さんの前ではありませんか」
「いいえ。そこは兄の前にも当りますけど、兄は一膝ぶんぐらいひッこんでおりましたから、東太の膝にすぐ近く、兄の膝からは二尺ちかい距離は離れておりましたろう。特に気をつけてそこへ置きました」
「なぜ特に気をつけたのですか」
「二十年前を再現すること、したがって、兄のためではなく、東太が亡父の身代りですから」
「二十年前には、二人はお茶をのんだでしょうか」
「覚えがありません」
「東太さんはのみましたか」
「いいえ」
「よく覚えていますね」
「居眠りしていて、お茶がそこにあることを知らなかったと思います。ソノがドビンを持って茶をいれ代えにきたとき、東太の茶ワンは手づかずに茶が残っていました」
「そう、そう。ソノもそう申していましたよ。その後はどうでしたでしょう」
「その後のことは記憶しません」
「茶に食塩
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