ジルシの石らしいものが見つかりやしないかなぞと思ってみただけのことでさアね」
 甚八の言葉がいかにも素直でアッサリしているから、天鬼はうなずいて、
「なるほど」
 そんなことか、と思った。この時に至っても、彼の目の方角がわるかった。もしも千代を一目見れば、ハテナと思った筈である。千代は我を忘れて、考えこんでいた。ああなんたることだ。二十年。わが身に課せられた義務を忘れて無為にすごしているうちに、二十年目に迷いこんだ風来坊がたッた六七日のうちに、彼女の知り得た秘密の全てを見破っているではないか。さすがに甚八は「石の下」とは云わなかった。云わないから怖しい。彼はすでにタナグ山中を歩きまわっているというではないか。タナグ山中と見たのは、なぜだろう。怖しい。彼はすでに多くのことを知っているに相違ないのだ。もしも天鬼が「石の下」という碁の筋のことを知っているなら、タナグ山中を歩いているという甚八の怖しさが身にしみて分る筈なのだ。千代は茫然と考えこんだ。こうしてはいられない。家伝の秘密をオメオメ人に見破られ、隠された財宝を人手に渡してなろうか。だが、どうすればよいのだろう。千代は傍に人々のいるのも
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