ラカラと笑って、
「さて棟梁。この紙キレを進ぜる代りに、こッちも一ツ知りたいことがある。あんたは村人たちに、このへんに名の知れた石はないかと訊いてまわりなすッたね。これはどういうワケだね。石ということが頭にうかんだワケを明してもらいたいね」
 天鬼は眼光鋭くジッと甚八の目を見つめた。天鬼は見るべき方角をあやまったのだ。もしも千代の顔に一目やれば、彼はその意外さに気づいたはずだ。心臓の鼓動がとまったように恐怖のために全身堅くひきしまり思わずブルッとふるえたのは、甚八ではなくて、千代だったのだ。
 甚八はケロリとして、
「イエ。なんでもありませんや。ちょうど旦那に庭石をたのまれていたから、ついでに探しただけのことでさア」
「ハハ。たかが庭石を探すぐらいで、あの道のないタナグ山へ踏み入り、藪を越え、谷を渉り、岩をよじてさまようことはないだろうさ。そのワケを言いなさい」
「そうですか。それじゃア申しますが、私しゃアね。死んだ旦那が指したのは、方角かも知れないし、また碁石かも知れないと思っただけさ。石を探せという意味かも知れないと思いましたのさ。あっちこっち山中に至るまで探して歩くと、どこかに目
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