はツイぞ見せたことがないだけに怖しい。二十年前、狂人のように亡夫の死に様をまねて指の方向をはかって以来、二度とそのような様子はなかった。すべてをキレイにあきらめて忘れきったようであった。そのくせいつの問にか系図の所在を見破り謎の文字を書写しているとは怖しい。何くわぬ顔をしながら、心はいつも一途に千頭家の秘密を追求していたのだ。なんという怖しい兄であろう。
 ああ、我あやまてり。千代は思った。東太の低能の悲しさに盲いて、千頭家の由緒ある秘密の断絶を意としなかった天罰だ。この秘密の解明を人手にまかせて、どうして先祖に顔が立とうか。否、東太にも会わせる顔がないではないか。千代の顔色は思わず幽鬼の如くに蒼ざめて、ひきしまった。
 天鬼はそれにチラと目をくれてニヤリとうち笑い、
「お前が顔色を変えるところを見ると、まだこの謎を解いていないな。謎をとけば、顔の色を変えるほどのことはない。甚八さんや。この謎の字は千頭家の系図にしるされた秘密だよ。天下にこれを知る者は千代と私のほかにはいない。あんたいくら村中を駈けまわっても、これを訊きだすワケにはいかないのさ。この紙キレそっくり進ぜよう」
 天鬼はカ
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