現れたのは、津右衛門の妻女、千代。
津右衛門は五年前に先妻を失い、千代はその後にめとった後妻で、まだ二十一。美人ではないが利巧者で、結婚後、良人《おっと》に碁を習い覚えてめきめき上達し、田舎天狗を打ちまかすぐらいの手並になっていた。千代は盤側に坐って盤面を見つめていたが、
「どんな手合い?」
「四目だ」
これが甚八にグッときた。なにが四目だ。四目の手合か、どうか、盤面を見るがいいや。生き石をムリに攻めたてて、それが四目うてる碁か。手合ちがいも甚し。白を持つのはオレじゃアないか。
「フン。バカな。オレに四目おかせる人が、そんなムリな、生き石を攻めたてるようなバカをするかい。冗談じゃアない。生き死にも分らなくって、よく白が握れるじゃねえか」
鼻先であしらいながら、考えもせず石をおく。考える必要はないのだ。ちゃんと生きのある石だ。しかし、妙なムダ石を一ツおかれて、甚八は顔色を変えた。
「アッ! ナ、なんだと?」
甚八は飛上るように身を起して、盤をにらんだ。生きだとばッかり思っていた。なんたることだ。田舎碁打じゃアあるまいし、賭け碁で江戸の天狗連を総ナメの甚八が、この筋を見落すとは!
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