のだが、血気のころは私も覚えのあることだ。せっかく御光来のことだから、お気に召すように打ってあげよう。その代り、いいかね、一番手直りだよ。お前が負ければ私が白。また負ければ、お前さんが二目。また負ければお前さんが三目。また負ければお前さんが四目。また負ければお前さんが五目。また負ければお前……」
 怒るかと思いのほか、こう呟きながら黒石をとる。子供のように軽くあしらわれて、この野郎め、ふざけやがるな、黒石を皆殺しにしてやるぞ、といきり立ってしまった。
 腕が違うところへ、いきりたって突ッかかるから、問題にならない。アベコベに甚八が皆殺されにちかい大惨敗。やむなく黒を握って、手合い違いだ、面白くもねえ。うそぶきながら、これも惨敗。二目ならちょうど良い手合いの筈だが、いきりたっているから、これも問題なく惨敗。三目も惨敗。とうとう四目に打ちこまれた。さすがに四目となれば、のぼせていても甚八とても豪の者、白の地はいくらもつかない。今度こそ黒の勝と見えた。白はシャニムニ隅の黒石を攻めたててきた。そこは生き筋のある石だ。
「フン。負け碁ときて、のぼせたか」
 甚八は鼻の先で苦笑。そこへお茶を持って
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