国の碁打に折紙づきの評判が二十年もつづいて、各家元の打手をのぞいて、田舎棋士の筆頭に押されている達人であった。しかし甚八は怖れない。江戸の素人天狗なら三目置かせて総ナメにしてみせらアと猪のように鼻息の荒い奴だが、棋力はたしかに素人抜群、専門棋士の二段ぐらいの腕はあった。
金にあかして家元の棋士にチヤホヤと買いとった五段格。所詮は田舎の旦那芸。田舎侍がコロコロ負かされるのは当り前だ。田舎侍の碁天狗などに碁の本筋が分る奴は一人だって居やしない。千頭津右衛門などと名前だけは大そうだが、こちとらは金持ちとちがって一文無しで叩き上げた筋金入りの腕前。生馬の目玉をぬく江戸の天狗連を総ナメのアンチャンだ。二目はおろか三目でも負かしてみせらア。アッハッハ。という肚の中。ひとつ田舎天狗の大将をオモチャにしてやろうというので、はるばる川越くんだりへ御足労とシャレた次第であった。甚八に遠慮なく白をとられても、津右衛門には蚊のとまったほども応えないらしく、クスリと笑って、
「私の耳には江戸の噂も稀にしか届かないが、六段格の甚八さんという名はついぞ聞いたことがないな。むやみに白を握りたがる人に強い人はいないも
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