の神の信仰は闇夜に行われるものだそうで、鳥居のたて代えも闇夜に誰がやっているのか、知る人もなかったし、気をまわす者もなかった。どんな人間が信仰しているのか、それを問題にする必要もなかったのだ。
ところが川越の近在で酒造業をやっていた男が、せっかく仕込んだ酒を、樽を叩きこわしてみんな土にすわせたアゲクに、
「ワレこそは先祖代々タナグ山の神霊に仕えてきた神の血をひく家柄で、酒造業は時至るまで世を忍ぶ仮の営み、ワガ本名は和具志呂足、ワガ長女の名は比良、長男は須曾麻呂、次女は宇礼と名のる。すべて神慮によって定められた神族の神名である。神託によって本日より公然と山の神の祭祀一切つかさどるであろう」
と名乗りをあげた。つもる負債に発狂したという説もあり、佯狂《ようきょう》だという説もあった。
しかし彼の病気の治療がフシギにきく。占いが当る。そういう評判がたつようになって遠路訪れる病人もあり相当繁昌するようになった。
その評判をきいて、長い病気に悩む玉乃が志呂足の施術を乞いにでかけた。フシギや日増しに力もつき、心気とみに冴えて、血色もよくなったから、玉乃はたちまち志呂足を生き神様と狂信するに
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