婚家へころがりこんできたのにはワケがあった。父の兆久が死んだのは今から十五年前のことである。安倍家は秩父の豪家であったが、兆久に事業癖があって、鉱山に手をだしたり、陶工をよびカマをつくって大々的に陶器をやかせて失敗したり、山気を起して江戸を往復するたびに先祖伝来の莫大な財宝をすりへらして死んでしまった。
 安倍家をついだ長子天鬼は親の山気を慾気の方へうけついで、強慾のケチン坊。弟の地伯に天保銭一枚わけてやるのも惜しいのである。兆久が死んで二十日ばかり経たころ、弟をよんで、
「お前に分家もさせぬうちに父が死んでしまったが、財産をしらべてみると父が使い果して、めぼしいものは何一ツ残っておらぬ。そういう次第でお前に分けてやるような田畑も金もないが、幸い長の山の山林だけが残っている。それをそッくりやるわけにはいかぬが、長の山には平地があるから、お前一人の腕で今年一年かかって山をきりひらいて畑にしただけくれてやる。明日からさッそく仕事にかかるがよい。しかし、人手を頼んではならないし、また今年一パイきりひらいた分だけだぞ」
 時は三月はじめであるから、年の暮までには相当ある。地伯は兄の厚意をよろこ
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