千代の腕にだかれていた三ツの東太は二十三の男ざかりとなったそうだが、どこにいるのやら挨拶にも出てこないし、姿を見かけたこともない。その代り妙な人間がタクサン住みついている。
 千代の弟の地伯がここに住んでいるのは、まだ話が分るが、地伯の細君比良の一族、父の和具|志呂足《シロタリ》、比良の弟の須曾麻呂、妹、宇礼《ウレ》の父と子三人がそっくり住みついているのである。志呂足は山の神の行者で、病気を治し、悪魔疫病をはらい、吉凶禍福を占う。バカに人の出入りが多いな、と思ったのは理《ことわ》りで、日中は山の神の信者が相当数訪れるのである。津右衛門の先妻の子で、肺病の玉乃、今はもう三十九のウバ桜であるが、どうやら行者志呂足の愛人とも妾ともつかないような関係ができているらしい。
 二十年も昔のことで、甚八は津右衛門の命日を忘れていたが、誘われるままに来てみると、すぐ命日かと思いのほか、法要の当月までにはまだ一週間も間があるのだ。
「どうも、変だな。何かあるんじゃないかな」
 と、そこは生馬の目をぬく賭け碁の大家甚八、鋭い眼力で、なんとなく怪しい気配を感づいた。

          ★

 地伯が姉の
前へ 次へ
全67ページ中21ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
坂口 安吾 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング