ど重大な理由がなければ、あのように必死に、あのように愚かな所業のできるものではない。天鬼は瀕死の津右衛門が必死に指し示した方向に、村人の噂に高い金箱の隠し場所があると判断したのに相違ない。その指の示す方向の山林中を、彼らは二日間も歩き廻っていたではないか。しかし彼らはその所在地を知ることができなかった。いったん帰宅して色々と検討したあげく、多分この屋敷内のどこかに金箱があるべきことを推定したのであろう。
 こう気がつくと、主婦たるものの本能がムクムクと頭をもたげた。千代は既に東太の母であり、千頭家の主婦であった。安倍兆久の娘でもなく、天鬼の妹でもなかった。千代はキッと額をあげて父をマジマジと見すえて、
「お父様も情けないことを仰有《おっしゃ》いますね。私は千頭津右衛門の妻ではございませんか。主人が死んで一周忌もすまぬのに、三十五日、四十九日の法要もつとめずに、どうしてこの家がうごかれましょうか。女ばかりの私たちが戦乱が怖しいのは申すまでもございませんが、一周忌もすまぬうちにここを空き家にするぐらいなら、ここで泥棒に締め殺された方が本望でございます。東太や私や家屋敷が助かるよりも、ここを
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