ょッと先祖は言外をはばかる事情があったが、今ではさしたることもない。そこで私のオジイサンの代からそれを系図に書き入れてあるよ。東太が成人して家督をついだら、東太にたのんで見せてもらうがいいさ」
「では、父から息子へ語り伝える必要はもうなくなったのですか」
「イヤ。それはまだある。これだけは文字に記するわけにはいかないのだよ」
と津右衛門は笑ったものだ。
千代は今までそういうことを気にかけなかったので、この家に関係ありという人物が誰であるか、それを知ることなどは津右衛門の死後も忘れていた。
しかし、今、こうして実父と実兄が、言葉巧みな方法で、この家を我が手に収めようとするのに気付くと、ここに何かがあるナと気がついた。即ち、父と兄は見破ったのだ。東太はまだ幼少であるから、云うまでもなく父の語り伝えをうけていない。とすれば、瀕死の父は、その語り伝えを残さなければ、死んでも死にきれなかったろう。彼があの断末魔ののたうちまわる苦悶の中で、右手を必死に動かしていたのは、その語り伝えの内容を暗示しようとしていたのだ。
天鬼はまるで気違いのように津右衛門の死にゆく様のマネをしたではないか。よほ
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