、世間の噂が正しいことをたしかめていた。
 千頭家では息子の成人に当って、先祖伝来門外不出の言い伝えを語りつぐことになっている。その語り伝えられるものが何事であるかは、父と息子以外の誰にも分らない。息子の母も弟も知ることができないのである。そしてその語り伝えられるものは決して文字に記してはいけないとされていた。
 千頭家は元々この土地の人ではなかった。徳川初期のころ、三代家光の頃と云われるが、いずこよりかこの地へ移住し、莫大な山林原野を買い、人足をあつめて開墾し、今日の元をひらいたのである。莫大な土地を買ったほどであるから、元々お金持であったには相違ない。平家の落武者の子孫だの、豊臣家の血縁の者ではないかというような田舎らしい風聞があったのである。
 今でも土地の人々が信じていることは、千頭家の祖先が何者かは知れないが、高貴の出で、祖先伝来の山の如き金箱をつんでこの地へ移ってきたが、移り住むと、盗難を怖れて、車に何台という金箱をいずこへか埋め隠したのである。父が息子に語りつぐのはその金箱の隠し場所だ。その証拠には、ほかのことなら、文字に書き残して悪かろう筈がない。あやまって人目にふれる
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