ジルシの石らしいものが見つかりやしないかなぞと思ってみただけのことでさアね」
甚八の言葉がいかにも素直でアッサリしているから、天鬼はうなずいて、
「なるほど」
そんなことか、と思った。この時に至っても、彼の目の方角がわるかった。もしも千代を一目見れば、ハテナと思った筈である。千代は我を忘れて、考えこんでいた。ああなんたることだ。二十年。わが身に課せられた義務を忘れて無為にすごしているうちに、二十年目に迷いこんだ風来坊がたッた六七日のうちに、彼女の知り得た秘密の全てを見破っているではないか。さすがに甚八は「石の下」とは云わなかった。云わないから怖しい。彼はすでにタナグ山中を歩きまわっているというではないか。タナグ山中と見たのは、なぜだろう。怖しい。彼はすでに多くのことを知っているに相違ないのだ。もしも天鬼が「石の下」という碁の筋のことを知っているなら、タナグ山中を歩いているという甚八の怖しさが身にしみて分る筈なのだ。千代は茫然と考えこんだ。こうしてはいられない。家伝の秘密をオメオメ人に見破られ、隠された財宝を人手に渡してなろうか。だが、どうすればよいのだろう。千代は傍に人々のいるのも忘れて、いかにして彼らの先に秘密を見破るべきかと思い迷った。
★
甚八は部屋へ戻るど、天鬼からもらった紙キレをひろげて考えこんだ。
「人左川度。キウンヨザギンブ。クレビラキ。当家大明神大女神也」
しばらく見ているうちに、顔色が明るく変った。彼はヒザを叩いて起き上った。
「フン。そうか。するてえと、やっぱり金箱だ。それも、よほど莫大な金箱に相違ない。佐渡金山奉行か。首斬られ、というのが分らねえや。当家大明神、大女神てえのも、分らねえが、佐渡金山奉行とあるからには、金箱だけはマチガイがねえや」
歴史を知らない甚八には全部のことは分らなかったが、的は外れていなかった。
歴史の心得があったにしても、この謎の文字からだけでは正確な結論は得られない。系図に書き加えられた文章全部、つまりこの謎の文字に先立って、
「千頭家は当地移住まで特に記すべき血統なし。初代津右衛門長女さだ」
これがないと分らないが、これだけでも正確なことは分らないのである。系図の初代津右衛門長女さだ、その下に記入の歿年、慶長十八年七月二十日、という日附があって、はじめて全てが解明する。
日本歴史に通じた読者はすでにお分りであろうが、この文中の佐渡金山奉行とあるのは、云うまでもなく大久保長安のことである。
家康の挙用した人物中で、大久保長安は僧天海以上の怪物であったろう。彼はもと甲州の猿楽師で大蔵太夫と云ったそうだが、能は相当な名手らしく、はじめ家康は能楽師として彼を召抱えたのである。ところが彼は金山試掘を建議し、言のままに伊豆北山を掘らせると多量の金がでた。つづいて佐渡に金山をひらき、そのフシギな手腕を認められて、経済運営の任に当り、諸国の金山を支配し、佐渡金山奉行も兼ねた。八王子に三万石の領地をもらったが、諸国の金山銀山を支配しているから年中旅行がちであり、自宅でも旅先でもその抜群の好色生活で当時の人々をうならせたものだ。落ちつく先々に妾の数は数十人。旅行中は夜毎の宿々で土地の女を数名侍らせてその方面に休息の必要を知らない。日本史上金へん随一の親玉。でる金の含有量もケタが違う。その時分海中へすてたクズが今では大切な原鉱だ。そのような金へんの精萃の気が身内にこもってゼツリンの精力が生れるのかも知れないね。彼はよく金銀も掘りだしたが、青史に稀れな精力の実績も記録に残しているのである。慶長十八年四月病死した。
長安は死に先立って妾たちに遺産分配の金額を書きこんだ遺言状を一人一人に渡しておいた。同時に長男の藤十郎にも遺言して、妾たちの遺産分配を必ず実行するようにと堅く申しつけておいたのである。長安先生色道の大家だけのことはあって当時異例の大フェミニストであったのだ。
ところが長安の死後、藤十郎は妾たちに約束の遺産を分配してやらなかった。そこで妾たちは立腹し、立派な遺言状を持っているから堂々と訴訟を起したのである。訴えをうけた家康が長安の私宅や、諸国の金山銀山に所在する長安支配の倉庫などを調べさせると、公儀へ届けでずに隠しておいた金銀その他日本第一流の骨董類の山のごときイントク物資が現れてきた。
おまけに切支丹信仰の証拠が現れ、外国を手引きするとか、内乱の準備とおぼしき品々や連判状のようなものまで現れたそうだが、これは当時の伝説で、事実ではなかろうという話である。しかし当時の人にこう信ぜられていたのは確かである。この結果、その連判状の如きものを理由に、何人かの大名が罪をうけた。
藤十郎一族はハリツケになったが、ここに哀れをとどめたのは訴えでた妾たちで、
前へ
次へ
全17ページ中12ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
坂口 安吾 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング