これも同罪なりと「首を斬られ」てしまったのだ。時に慶長十八年七月二十日のことであった。
その歿年と系図に記入の文章を見れば、初代津右衛門の長女さだが長安の妾の一人であったことは明かであろう。
以上が今日の史料から判読しうる事実であるが、さだは長安の生前多くの財宝をうけとってそれを生家に秘蔵していたと見るべきであろうか。幸いにその財宝は長安の死後も発見されずに、そのまま千頭家の私財となり、ここに千頭家開運の元をひらいた。当家大明神大女神とあるのは、それを指すのであろう。
甚八はそんなことまでは知り得なかったが、佐渡金山奉行に関係ある財宝が石の下に隠されているものと睨んだ。
明日は法事の当日。これで千頭家の逗留は終りだが、その方が清々と後クサレなしというものだ。明後日から川越あたりに宿をとって、精根つくして秘密の石を見届けてやろう。東京から二三人若い者をよびよせて、万事手ぬかりなくやるから成功疑いなしだと甚八は満々たる自信であった。
ところが、甚八がさて寝につこうとする時、現れたのは須曾麻呂であった。
「いよいよ法事の当日になりましたが、津右衛門どのの霊にでてもらいますから、身支度して、おいで下さい」
「法事は明日じゃアありませんか」
「甚八さんは二十年前をお忘れとみえますね。あなたは仏と碁をうって夜をふかし、四目の対局の時には翌日未明になっていたのですよ。今夜はこれから二十年前を再現するのですが、碁盤にむかっているうちに、翌日未明になるでしょう。ちょうど津右衛門どのの死んだ時刻に霊が現れる筈になっております」
「ハハア。なるほど。私が誰と碁をうつのかね。まさか津右衛門さんの幽霊と碁をうつわけじゃアあるまいが」
「来てみれば分りますよ。みなさん用意してすでに集っておられますから」
「そうですかい。それじゃア支度して参ると致しましょう」
なるほど、霊が現れるにはそれにふさわしい道具だてが必要なわけだ。そのためにオレをよびよせたのか。こう云われてみれば分らないことはない。謎の文字を考えこんでいるうちに時を過して、夜中になってしまったと見える。
そこで甚八が支度をととのえて大きな台所へでてみると、これは驚いた。女中のギンとソノが二十年前の物らしい小娘の大柄な筒袖をきて控えている。千代もいる。彼女も特に命じられたのか、二十年前の物とおぼしい着物をきている。
ギンが甚八の前へ坐りこんでペコリと挨拶するから、
「オヤ、改まって、なんだい?」
「イエ、二十年前がこうだったんですよ。私があんたを二階座敷へ御案内したのだから」
ギンが二十年前のつもりらしく彼を二階へみちびくと、そこは二十年前と同じようにチャンと碁盤がそっくり昔の場所においてあって、その津右衛門の席に坐っているのは東太、その横に介添役に控えているのは天鬼であった。
天鬼は甚八に笑いかけて、
「尊公もさだめし片腹いたかろう。これなる若者が当時三ツの仏のワスレガタミ東太だが、これを津右衛門の身代りに、尊公と二十年前の情景をここへ再現するのだそうだ。東太はねむたくて御覧のようにコックリコックリ、坐っていながら目があかない始末だから、オレがこうして介添役に控えているのさ。二人合せて津右衛門一人なみだよ」
「なるほど。すると、この坊っちゃんに仏の霊がのりうつるんですかい」
「イヤ、イヤ。そうじゃないそうだ。霊のうつるのは志呂足の娘でミコの比良という女だよ。自分のミコでもない東太にのりうつるような器用なことはできるものかい」
定刻が来たらしく、志呂足が上座に現れ、比良が下座に現れ、控えという要領で中間に須曾麻呂が現れて、各々その位置についた。
須曾麻呂が、ヤアーッという大声をかけたと思うと、ピンと威儀を正してハッタと甚八を睨みすえ、
「時刻であるぞ。甚八、四目おけ」
この若造が甚しく虫の好かない甚八、大目玉をギロリとむいて、
「何だと。甚八とは何だ。笑わせやがるな。仏の霊をひきだせる力があったら、オレの霊もひきずりまわして碁石ぐらい動かしてみやがれ。山の神の霊力でオレの腕をネジ動かして四目おかせることができるかできないか、さア、やってみろい」
甚八は神田の職人。一度むくれたらテコでも動くもんじゃない。須曾麻呂はこれを怒ったのか唇のまわりがブルブルふるえたが、あとは一言も物を言わず、ジッと目をひらいて虚空をみつめている。
「ヘン。唐変木め。山の神ぐらいで驚くもんじゃアねえやな。唐変木の親玉はどうしていやがるか」
志呂足の方をみると、これは我関せず涼しい顔、ジッと目をとじている、ミコの比良をみると、これも目をとじてジッとしている。甚八は苦笑して、
「どうも呆れたもんだね。甚八だって言やアがる。くそ、いまいましい野郎だ。再びぬかしやがるとポカリとお見舞いするから覚悟しろ。
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