りませんから」
「そちらのツイデはそれがよろしいかも知れないが、こッちのツイデも考えてもらいたいね。私も棟梁と名がつくからには、ちッとは手下もいるしヒマな身体じゃありませんぜ」
甚八の語気は甚だ荒かったが、須曾麻呂は言葉を濁して返答らしいものも云わない。さてはオレの癇癪が奴メにグッとこたえたらしいなと思っていると、そうではないらしく、千頭家へついてからの待遇の悪いこと。部屋は召使いどもの隣り部屋。食べる物も召使いと同様の物らしく、「法事の日は御馳走するからね」と女中がゾンザイに犬に食物を与えるようにおいて行く。酒をだせ、というと、ヘン、生意気なという顔で、それでも一本ぐらいは持ってきてくれるが、あとはてんでとりあわない。ほかに立派な部屋がいくつもあいてるようだから、こっちも招かれた法事の客、そッちへ移したらどうかと云うと、
「お前なんかと格の違う親類方がたくさん見えるんだよ。山の神のお客様だって、いつ遠方から泊りの方が見えるか知れやしない。お前さんはここでタクサンだ」
というような挨拶であった。
甚八は考えた。これはオレを怒らせようという算段かな、と。しかし、甚八の怒った結果、彼らが何かトクをするかと考えてみると、どういう手筋を考えたって奴らのトクになるような結論はでてこない。たとえば甚八が癇癪を起して東京へ帰る。それが二十一周忌の一件に何かの影響があるだろうかとシサイに思いめぐらしても、なんの影響があろうとも思われない。甚八も賭け碁で一生きたえあげた眼力、人生表裏に相当徹しているツモリであるが、こうワケがわからなくては、ハイ、わかりません、で引ッこむわけに行くものではない。
「畜生メ。天下の甚八を怖れ気もなくよくもナメたマネをしやがるな。ようし。オレも神田の甚八だ。てめえらがその気なら、こッちは逃げ隠れするものかい。正体見とどけてツラの皮ひんむいてやるから覚えてやがれ。ついでに石の下の金箱をゴッソリ神田へミヤゲは持って帰ってやらア。アッハッハ」
こう度胸をきめて、里人の間を歩きまわって、石の話、千頭家の祖先の話、狙いをつけて訊いてまわる。
ふと川越の居酒屋で一パイのんだのが、これを運命というのであろう。
「オレは東京の大工だが、旦那にたのまれて石を探している者だがね。どうだい、このへんに名の知れた石はねえかね」
居酒屋のオヤジはいかにも土地の事情に明るいという年寄。甚八の言葉をよくギンミしながら、
「そうだねえ。石にも色々あるが、庭石に使いなさるのか」
「それがだ。この旦那がタダの旦那と旦那がちがう。まア、大金持の気違いだと思えばマチガイねえや。人間のやらねえことを、やってみたいてえ気違いだね。太閤が大阪城で使った何百倍の大石でもかまわねえから、大小に拘らず天下の名石を探してこいてえ御厳命だね」
「このあたりで名石というのは、あんまりきかないねえ」
「山か河原でもかまわねえが、石がタクサンあるようなところはないかね」
「そうだねえ。石がタクサンあるてえば、山の神だが、こいつァ庭石になるかねえ」
甚八はグッと胸にくる驚きを抑えて、
「へえ。山の神てえのが、石の名所か」
「この近在のタナグ山に山の神があるのだが、お客人は田舎のことに不案内のようだが、この山の神てえものは御神体が山でもあるし、また石だね」
「その石は山のどこにあるのだ」
「慌てちゃアいけねえなア。オレが見てきたワケじゃアねえ。山の神だのサエノカミてえものは石を拝むものだてえ話さ。ホコラの代りに石がころがってるだけのものだね。名石だか、奇石だか知らないが、タダの石かも知れないよ。行ってみればどこかに石があるのだろうが、それを東京へ持って帰るわけにもいかねえだろうよ」
志呂足の奴め。するてえと石の下を見破ったのはオレに限ったことじゃアない。オレは津右衛門の指す盤面から見破ったが、志呂足はほかの筋からたぐりやがったのだろう。だが、待てよ。奴メが知っているなら、今ごろは石の下を掘り当てているはずだな。するてえと志呂足は山の神までたぐりよせたが、石の下とは知らねえな。
その翌日、甚八は何食わぬ顔、鳥居をくぐってタナグ山へふみこんだ。見たところすぐ頂上へ登れそうな低い山だが、どう致しまして。第一、道はたちまち消えてなくなる。谷川づたいに登ると、両側は絶壁になって、とても、よじ登れやしない。森の中へふみこむと、視界がきかなくなって、辛うじて登りつめたところはようやく中腹。おまけに本当の頂上がどっちにあるかハッキリしないし、うっかり進むと下山の道に迷う危険がある。
「さすがに一筋縄じゃアいかねえや。そうだろうなア。大八車に何台という財宝を隠すからには、いかに神田の甚八の眼力といえども、易々《やすやす》見破れるものじゃアない。山てえものはバカにならねえものだなア。
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