東太の母だって、自分の妹ではないか。お舟と東太を一しょにさせれば、自然に千頭家はわが意のままだ。
 このことは、東太と宇礼が結婚しても同じことだ。低能の東太に当主の実力は有りッこないから、家をきりまわす者は嫁であり嫁の一族だ。志呂足一味が邸内の探索などとそれらしいどんな素振りもしなかったのは、はじめからこの結婚を予定しており、それを見越して落着き払っていたようだ。
 なぜかと云えば、邸内の探索らしい素振りをミジンもしたことがないというのがその証拠である。近在では噂に高い伝説の金箱であるから、この邸内に移り住めば、誰だって先ずそれを探してみたいのが人情だ。十年間も住んでいて、一度も金箱の在りかを探したことがないというのは、もっと確実な方法が予約されていたせいだろう。
 こう考えると、さすがの天鬼もくさッてしまった。まてよ、なにかよい方法はないか。悪智恵では人に負けない天鬼、そこで人知れずジックリ考えはじめた。

          ★

 こういうことを何も知らずにやってきた甚八、しかし、鋭い勘ですぐ邸内の異様な気配だけは感じとった。こいつァいけねえと思いついて、邸内の人間を相手にせずに、散歩のフリをして村人から事情をきいて廻ったのはさすがに賭け碁の名人。
「なるほどねえ。当日、津右衛門の霊のお告げがあるのかえ。それでオレが一枚加えられたとは知らなかった。こいつァ要心しなきゃアいけねえよ。なア。どんなヘボな碁打だって、自分でムダと思う手は打ちッこないね。オレをここへ呼んだ意味というものが必ず有るに相違ないよ。その筋を見のがしてると、とんでもない不意打をくらい、どんな目に会うか分りやしねえや。クワバラ。クワバラ」
 碁の手筋にしたって、深く究めなくては本当の筋は分らない。和具志呂足のうつ手筋を見破るには、千頭家のあらゆることを知らなければならない。甚八はいささかもタメラわなかった。彼は足にまかせて疲れを知らずに村内を軒並にきいてまわった。
「へい。そうですかい。千頭家の祖先は豊臣の大将か切支丹の親玉かという大物ですかねえ。大八車に何台という金箱がねえ。話が大きいねえ。親から子へ門外不出の語り伝えをねえ。なるほど。え? 津右衛門さんが死ぬときに、もがいたって? ええ、そう。そう。な、なんですッて? それが金箱の在りかを指していたんですッて!」
 甚八の頭は敏活だ。彼はハッと思わず大きい目玉をひらいて里人を見つめて、
「それで、金箱の在りかを、どなたか突きとめましたか」
「それが未だに分らねえだねえ。チョックラ指をさしたぐらいじゃ分らないねえ」
「そうでしょうなア」
 二十年前のこととは云え、あの碁に負けた手筋だけは、どうして忘れられようか。石の下! 実に無念の見落し。石の下!
 それだ! 甚八はひそかに思った。
「そうだとも。アア、大変なことだぜ。津右衛門が必死に指したのは、ほかでもない、あの碁盤だよ。碁燈に仕掛けがあるものか。あの最後の局面。今や黒のイノチとり、オレが必死に考えていた見落しの筋、石の下、があるだけじゃないか。碁を知らない者には分らないが、いまわの際にはそんなことは云ってられやしねえや。するてえと、この秘密を見破ることができるのは、天下にオレが一人だけ。オレがあの局面の説明をしない限りは誰にも分りやしないのだ」
 まさかに千代が相当の打ち手で、この秘密を見破っているとは知らないから、甚八の胸にはムクムクと宝探しの黒雲がむれたった。
「フン、おもしれえや」
 と甚八は腹に笑った。
「志呂足の一味がどういう企みでオレを呼びやがったかは知らないが、その手間賃はフンダンにもらってやるからな。何よりも先ず目に立つ石を探さなくちゃアならねえや」
 さすがに甚八は千代とちがって謎をとく筋、カンドコロというものの見当をつける手法になれていた。先ず有名な石、古くから人に知られた石、そういうものから次第に当ってみるべきだ。家の土台石の下というのも考えられるが、こいつァ家を造った大工を殺さなくッちゃア秘密がもれてしまう。甚八は大工であるから建築のことはよく分るのだ。しかし、大工殺しの秘密だってこの家の歴史の中に有りかねないから、根掘り葉掘り昔の秘密をさぐりだして必ず宝の在り場所を、否、宝そのものをわが手に入れてみせるぞと誓った。
 莫大きわまる手間賃が目先にチラついて甚八の心ははずんだが、なんの企みがあって自分がここへ呼ばれたかと考えると、薄気味わるさは増す一方だ。
「オヤ、命日までまだ七八日あるんですかい。今日明日のようなことを仰有った筈だが、どうしたわけで?」
 甚八がこう問うと、地伯は薄とぼけるのか何も答えず、年の若い須曾麻呂がきわめて冷淡に、
「東京へ買い物のツイデにお寄りしたのです。すこし間があると思いましたが、ほかにツイデがあ
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