らぬ大立腹。千代を明々と燈明のゆらぎたつ神前によびつけ、須曾麻呂、比良、宇礼、地伯はじめ信徒の重立つものがこれを取りかこんで、
「東太はタナグ山神のタタリをうけている罪人。私が当家に神殿を移したのも、東太に代って日夜山神のアワレミを乞い、ツツガなくタタリの解ける日を待つためである。東太がこの地を動くならばタタリのとけることはなく、さらに山神の怒りにふれて神隠しにあい、地底へ封じこまれてしまうぞ。それでもよいか」
こう云って千代をおどかす。千代も仕方なく、この由を天鬼に告げると、
「アッハッハ。なんとか口実をつけて二十一周忌の解禁をごまかされては大変だ。なんでも志呂足の云う通りになっておれ。お前もまわりの者がみんな志呂足の信者では心細かろう。オレの知人に御家人クズレの漢方医がいて、夫婦ともに世なれた人だから、この人を差し向けて上げよう。礼を厚くもてなして、東太の教育をたのむがよい」
天鬼は秩父から約束通り、入間玄斎、同人妻お里の両名をさしむけた。天鬼の知人にしては上品で落着いた人物。御家人くずれで、漢学の素養もあるが、道楽に身をもちくずしたこともある酸いも甘いもかみわけた通人夫婦。五十をすぎて子供もなく、デタラメに薬を煮たてて病人をだましてきた呑気な夫婦で人生を達観し、一向にクッタクがない。低能の東太のお守り役にはまことに適当な人物であった。願ってもない人が来てくれたと千代はことごとく喜んで、離れの下と二階を分け合って、入間夫婦と東太母子の四人が仲よく水入らずで暮すことになった。天鬼は時々訪れてユックリ滞在し、ここに離れの一味と母屋の志呂足の一味は邸内を二分して、津右衛門の二十一周忌を待つこととなったのである。
ところが二十一周忌が近づいた時になって志呂足はタナグ山神のお告げと称して、変なことを言いだした。
その一ツは、当日津右衛門の霊が法要の席に現れて何か告げることがあるそうだから、彼の死の日に千頭家に居合した者一同が法要に参集すること。
他の一ツは、東太は当日、志呂足の次女宇礼(十八歳)と結婚すること。結婚の儀終って東太のタタリはバラリと解けるというのであった。
津右衛門の死んだ日に千頭家に居合した者といえば、云うまでもなく甚八と千代が中心人物。そのほかには玉乃をはじめ、女中のギン、ソノという二人、文吉、三次という下男、いずれもまだ当家に働いているばかりでなく、みんな志呂足の信者であった。
これをきいて天鬼は笑い、
「おいでなすッたな。何かやるだろうとは思っていたよ。イヤ、面白い、アッハッハ。津右衛門殿の霊が現れるか。何を言わせるツモリだろうな。何を言わせるにしても大きにタノシミのある話だ」
津右衛門の霊が何を言っても天鬼にカカワリのないことだから、彼は甚だクッタクがないが、当事者には薄気味わるい話である。ひょッとすると、千代に一服盛り殺されたというようなことを言わせかねない。
「まア、まア、心配するな。霊魂をよぶなどと云ってどんなことを告げさせるにしても、オレがみんな化けの皮をはいでみせる。それよりも困ったことは、東太と宇礼の結婚だな。うまいことを考えおったな」
東太を自分のムコにしてしまえば、あとは野となれ山となれ、すでに同族親類で、バラリがうまくいかなくともまたゴマカシもきくし、強いてインネンもつけにくくなる。
それに天鬼が今もって甚しく気がかりなのは、たしかにこの邸内に隠してあるに相違ない伝説の金箱であった。もはや志呂足の企みには、その伝説の金箱が含まれているのではあるまいか。近在の者には知れわたっている伝説なのである。津右衛門がのたうちながら碁盤の方を指したということも、すでに人々に知れ渡っているのだ。
天鬼が時々見まわりにきてユックリ千頭家に滞在する習慣をつくッたのも、東太の身を案じてのことではなくて、志呂足の企みが実はそッちに根を発しているのではないかという疑いによるのであった。しかし今までの偵察では、志呂足一味が邸内や建物を探索したという事実だけは一度もなかった。その探索を人知れず行うことは不可能だ。そして、それらしい素振りだけは全くなかったのである。
しかし、東太と宇礼の婚礼を行うというダンドリの発表にあって、天鬼もおどろいた。そのダンドリなら、天鬼も考えていたのである。天鬼の娘のお舟も宇礼と同年、十八であった。イトコ同士であるが、そんなことは問題ではない。津右衛門の二十一周忌に志呂足の化けの皮をはぎ、千頭家から一味の者を叩きだして、千代の感謝をかい、何の面倒もなく、東太とお舟の縁組を結ばせようというコンタンだ。二十年前に父兆久と共にひどく真剣に邸内を探しまわったのは今から思えばムダな話。東太という低能児と自分の娘を結婚させれば、期せずして千頭家をきりまわす力は嫁方のもので、おまけに
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