毒の深海鰻めが船内にトグロをまいている限り、女が乗り組んで、船に異変が起らぬということは有り得ません」
「自分もそれを考えないではないが、板子一枚下は地獄と云う通り、船乗りには身についた特別の感情があって、ともに航海するものは盟友であり、家族でもあるのです。女が乗りこむからと云って、その為に家族の一人を除くというのは情に於て忍び得ません。そのことからも不吉な異変が起りかねないという感じ方もあるものですよ。ここは船長たる自分にまかせていただきたいものです」
 こうなだめられると、船員でもない今村がたって言い張るわけにもいかない。
 畑中は船が東京湾を出たころ一同を甲板によびあつめて、
「さて、この航海に限ってお前たちに堅く約束して貰わねばならないことが一つある。ほかでもないが、船内のバクチを一切慎んでもらいたい。船乗りにバクチは附き物だが、給料を賭けるのとはワケがちがって、この航海にはお前たちの一生を保証するかも知れないほどの莫大な富が得られるかも知れないのだ。それを当てにバクチをやると、元も子もなくなってしまう。せっかくこうして心を合せて冒険をやった甲斐がなくなるから、バクチだけは絶対
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