わねばならなかった。
大和を最も憎んでいたのは、通辞の今村善光だ。彼は元々船員ではない。海外への処女航海というので、通訳方に雇われたインテリで、この船内では唯一人の文化人であった。
今度の航海が真珠の密漁のためであっても、名目は外国への航海だから、今村は再び乗りこんでいる。否、恐らくこの航海の目的に対して、最も深い関心と執念を蔵しているのは彼であったかも知れない。彼は木曜島で見た真珠景気が目にしみて忘れられない。真珠貝の採取場の移動につれて、名もない浜辺に一夜にして数千数万の市が立ち、南洋土人の潜水夫やその家族に立ちまじって富裕な仲買人や船主や銀行家が従者をつれ高価な葉巻をくゆらして通り、又その家族の白人の美しい女たちや黒いながらも神秘なまでに容姿端麗なアリアンの美女が白衣をまとうて木蔭に憩うていたりする。一夜づくりのテントの下で美女を侍らせて盛宴をはる紳士たち。一粒の真珠のために全てを捧げて悔いることのない美女の焼きつくような情炎が舞い狂っているのだ。
日本近海の真珠はアコヤ貝と称する真珠貝から採れるのが普通であるが、これは小粒だ。最も大きな真珠は主に白蝶貝から採れるのである。
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