降りて行ったということだ。ほかに行方不明は居ないから、海へ落ちたのは八十吉だ。だが、もう一人は分らない」
「たいそうなことを知ってるじゃないか。それでハッキリしているな。その男は今村だ」
 と五十嵐。
「ところが、そうはいかねえワケがある。翌朝オレが目をさましたとき、みんなまだ寝てやがるから奴らの顔を見てやったが、今村はオレたちの部屋にねていたぜ。それから竹造も寝ていたな」
 間をおいて、声を怒らして喚いたのは清松であろう。
「フン。それじゃア部屋にねていたのはオレだけじゃないか。オレが犯人というワケか。バカにするな。オレは第一、あの晩は酒も飲まずに寝ていたのだ。大部屋へなんぞ行きやしねえ。部屋の外でオレを見かけた奴が一人でもいるか、探してこい」
「誰もお前が犯人だと言ってやしねえ」
 と慰めたのは五十嵐。
「これで読めた。大和は利巧な奴だぜ。奴は今村をゆすっているのだ。奴は尾羽うちからしていやがるし、昇龍丸の乗員で出世したのは今村だけだ。奴めは芝で一寸した貿易会社の社長だアな。だが大和の奴がこんな芝居を打つようじゃ、今村に泥を吐かせる確証がねえような気もするなア」
「どうも変だな。オ
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