をまとめ、雑居室へ移らざるを得なかった。
 全てそれらの事どもに馬耳東風だったのは、キンと清松であった。キンは良人が死んだために。しかし、清松はなぜだろう。まったく彼は死神が乗り移ってしまったように陰鬱であった。潜水病のためもある。しかし潜水病の原因をなした願望こそは、彼に死神の陰鬱を与えているのに相違ない。三〇〇グレーンの黒真珠も、五三〇グレーンの白銀の真珠も、失われてしまったのである。そして、船はすでに北へ北へ走っている。再び真珠を採る機会も失われてしまったのだ。
 根気を失わないのは、大和であった。彼は毎日船内を探した。人々の挙動を探っていた。しかし、発見に至らぬうちに、日本の山々が見えはじめた。しかし彼は船を去る瞬間まで希望をすてなかった。
 昇龍丸は先ず房州で清松らの一行をひそかに上陸させた。上陸前に、一行の荷物や全身を検査することを忘れなかった。それから横浜へ帰港して、畑中は航海中に病死し、ために船は目的地に至らぬうちに途中から引返したと報告した。そして彼らは怪しまれずに解散してしまったのである。

          ★

 その時から三年余の年月がすぎた。
 ある午《ひる》さがりのこと、神楽坂の結城新十郎を訪ねてきた女があった。八十吉の寡婦キンである。折から新十郎のもとに花廼屋《はなのや》、虎之介、お梨江の三名が居合せたのは神仏がヘタの横好きに憐れみを寄せたまうお志か。この三名は私の仕事の助手、どうぞお心置きなく、と新十郎から云われても見れば見るほど取り合せの奇妙さ、キンもウカとは打ちとけられるものではない。然しここが名探偵の偉いところ、助手にそれぞれ変化が与えてあるのだろうと思えばワケが分らぬことはないから、
「実は足かけ四年前のことから申上げないと分っていただけないのですが……」
 と、昇龍丸の秘密を一切うちあけて語った。キンは言葉を改めて、
「さて、本日お願いに上りましたのは、ほかでもございません。帰郷以来、私の不在中に留守宅を家探しする者がありまして、今までに、たしか五回、同じことをやられたのでございます。奇妙に一物も盗まれておりませんが仏壇の奥から米ビツの底までひッかき廻して参ります。誰かが盗まれた真珠を探しているのかと思いまして、トクさんや竹造さんにお訊きしますと、あの方々のところでは、そういうことがないとのお話。私だけが家探しをうけるイワレが分らないのでございます。主人が生きておればとにかく、行方知れずですもの、私の家こそ特別家探しを受けないのが当り前と申せましょう」
 キンは帯の間から一通の手紙をとりだして新十郎に見せた。
 手紙の差出人は大和である。新橋の某楼に於て昇龍丸の犯人探しの会を開くから出席されたい。当日の出席者は今村、五十嵐、金太、清松、竹造、トク及び自分の七名であるが、遠隔の地の人には旅費を支弁するから、万障くり合せて御参会願うという文面であった。犯人探しの当日はすでに明日に迫っていた。
「この手紙が届いたのは一週間ほど前のことですが、私は昨日まで考えたあげく、度々の家探しをされて痛くもない腹を探られるのも癪ですし、亡夫が他殺でありますなら、この際ハッキリ犯人をあげていただきたく、思いきってお願いに上ったのです。一切の秘密を申上げては他の方々に悪いようですが、この手紙で見ましても内輪だけの犯人探しなどといかにもふざけた様子ですから、いッそ埒をつけていただこうとの考えでした」
「清松さんや竹造さんは出席しますか」
「あの方々とは近頃は親しい交際もありませんので、きいて参りもしませんでした」
「足かけ四年前の出来事といえば大そう捜査も困難でしょう。私のような者が出席して、皆さんの口が堅くなっては困りますから、隣室で皆さんのお話が伺えるような手筈を致しておきましょう。私たちがお話を立聞いているということが分るような態度をなさっては、いけません。たとえば、強いて話をききだして私たちにきかせようとなさるような御親切は却って無用にねがいますよ」
 さっそく新十郎自身明日の会場を訪ね、主人に会って、頼むと、そこは今評判の紳士探偵の顔、隣席に部屋をとってうまいぐあいに話をきくことができるように、新十郎直々見て廻って、部屋を選定することができた。
 新十郎の一行は、少し早目に会場へ行って、お客のフリをして軽く飲食している。
 隣室へ次第に人が集ってきた。五十嵐、金太、清松、竹造、キンの五名が集ったが、今村と、当の言いだし平が姿を現さない。五十嵐が大きな声で、
「犯人探しをしてオレに犯人を教えてくれるとは大和にしては出来すぎた親切だが、どうも、そこが臭いじゃないか。オレに犯人を教えてくれれば、相手次第では大そうユスリの役に立つからな。どうも話がうますぎらア。もう二時間も遅れているが、大和は来ないぜ。こ
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