船長の屍体は水葬にし部屋は綺麗に掃除させた。
「今から日本へ帰るまではオレが船長代理だ。不服のある者は言ってみろ」
 彼はこう云いながら船長室のヒキダシから持ちだしたピストルをガチャつかせた。
「異議なしときまれば、これから船内の捜査だ。どこへ隠しても、天眼通大和の眼力、必ず探しだしてみせるからな」
 今村、清松、八十吉の部屋から順次隈なく調べた。身体検査もしたが、どこからも現れてこない。ついで船員一人々々について同じように検査をしたが、徒労であった。大和はそれしきのことで落胆しなかった。一同に足止めし、数名の者を率いて船内隈なく調べたが、出てこない。大和は益々せせら笑い、
「ナニ、今日一日で捜査が終るわけじゃアねえや。日本へ戻りつくにはまだ相当の日数があると覚えておいてもらいてえな。人殺しの罪人になりたくねえと思ったら、金庫の中へ珠だけ戻してくれてもいいや。人殺しの犯人なんぞこちとらは気にかけねえやな。盗ッ人だけは勘弁ならねえ」
「怪しいのはお前じゃないか。この船内で捜査をうけていないのはお前の身体だけだ」
 とたまりかねて進みでたのは今村であった。
「フン。面白い。探してみねえ」
 大和はアッサリ上衣をあけて、捜せ、という身振りを示した。今村は衣服の諸方に手をふれて仔細に調べ、更に彼の所持品を提出せしめて調べたが、そこにも宝石の姿はなかった。
「オレが犯人でないことは分りきっているが、片手落ちは確かによろしくねえな。オレの持ち物で調べてみたいものがあったら、遠慮なく探してくれ」
 大和はニヤニヤ笑いながら、
「さて次には真珠の分配だ。人様の品物を預っていて殺されちゃア合わねえや。早いとこ分配するからあとは盗ッ人に気をつけなよ」
 全員を甲板へよびあつめて坐らせ、その三間ぐらい前に白布を敷いて、その上に大きな盆に一杯の真珠を置いた。
「いいかい。オレがこう横の方から見ているから、順番の者から白布の向う正面に坐って、皆にハッキリ見せながらピンセットで一ツだけ真珠をとるのだ。選ぶ時には手をだしたり、手にとり上げてはいけないぜ。ピンセットで一度つまんで手にとったものは、後に気に入らねえと云っても取り替えはきかないよ。目で選ぶのは自由だから、ぬかりなくやりなよ」
 彼は言葉をきって、改まり、
「さて、船長代理だから、オレが一番目だ。二番目は死んだ八十吉に代って女房キン。その後はかねての順番通りだぜ。オレの作法をよく見て、同じようにやるのだぜ」
 と、一同の正面にまわって白布に向って坐る。盆から二尺ぐらい離れている。両手をピタリと膝につけ、首だけ突き延して仔細に盆の上を睨んだあげく、膝の前のピンセットをとって真珠を一ツつまんだ。
 次がキン、清松、竹造の順だが、清松は腕が痺れているからトクが代る。一順すると、再び同じ順にくりかえして、二十順ちかく、事故なく真珠の分配を終った。
 悶着は大和が船長代理として船長室へ部屋替えしようとしたことから起った。
 真ッ先に反対したのは、意外にも金太であった。このウスノロのどこから出たかと思われる強情な嗄れ声で、
「そんなことは、やらせねえ」
 金太の目はどういう感情のためか白目だけに見えた。南洋の太陽に日灼けした真ッ黒の額に青縄のような静脈がまがりくねって浮きたち、白い歯をむいていた。彼の首を叩き斬っても、締め殺しても、これだけの首でしかないように見えた。金太は死人の首をつけて白目をグルッと返しながら、
「断じて、やらせねえ」
 と、もう一度叫んだ。しばらくの間、人々はポカンとしていた。自分の感情を金太だけが適切に出しきってしまったからだ。間もなく彼らは、同じ職人がこしらえた木像のように堅くなった。一時に同じ魂を吹きこまれたように、ムク/\とふくれて動きだした。彼らは一斉に喚きだしてしまったのである。
「そんなことは、やらせねえぞ」
「やれたら、やってみろ」
 ここで大和が折れなかったら、袋叩きにも簀巻きにもされたであろう。大和も案に相違の面持で、苦笑した。
「フン。そうか。見かけ以上に鼻の下が長すぎるな。女の襟足を見ただけでヨダレの五升は垂れ流す野郎どもだ。はばかりながら、大和はアキラメのいい男だ。そうまでヨダレが流したきゃア、オレはひッこんでやるだけよ。助平どもめ」
 大和はしばらく考えていたが、やがて今村を指した。
「お前は、あの部屋をでろ。そして、みんなと雑居しろ。どうも、なじめねえ野郎だ。船乗りの気持は分るが、貴様が何を考えているか、その気持だけは、てんで見当がつかねえや。貴様があの部屋にトグロをまいていちゃア、助平どもの気が荒れていけねえ」
「そうだとも。そうしろ」
 何名の者かが口々に和した。それが一同の同じ気持であったのである。今村も仕方がなかった。大和にせきたてられて、即座に荷物
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