竹造ならびに今村を船長室に招待して労をねぎらう。清松はまだ病気が全治といかないので、酒を慎しみ、トクと共に自室にこもって出なかったのは幸運であった。八十吉は今は任務を果して心にかかることもないから始めて酒をすごして酩酊した。と、酒宴の途中にヌッと姿を現したのは五十嵐であった。彼は目を怒らせて、
「船長。今晩は特別の宴会だ。女を独り占めにしちゃア困るじゃないか。オレたちの席へも女をまわしてもらいたい」
すでに大酔しているのである。畑中はかねてこういうこともあろうと用心して、女たちの姿をなるべく男の目にふれさせぬように配慮している。この船の船室は前後二房に分離されていて、一方は船員一同の雑居室であるし、一方は船長室のほかに三室あって、八十吉と清松夫婦は各々一室を占め、それまで一室を占めていた今村は竹造との同居を余儀なくせしめられている。彼らは便所なども他の船員とは別個のものを使用し、全く両者は分離された生活を営んでいた。船員たちは船長室の前を通らなければ奥の三室へ赴くことが不可能であった。もしも船長がその廊下に鍵をかければ何人も彼らの生活にふれることはできないのである。畑中は水火をくぐってきた豪の者、五十嵐が大力の乱暴者でもビクともするような者ではない。
「女をまわせとは何事だ。かりそめにもこの畑中がお預りした客人、お前らの手の届くものではないぞ。この船中に女などは居ないと思うがよい」
しかし五十嵐は尚も執念深くキンにすり寄ろうとするから、畑中もたまりかねて襟首をとって突きとばす。武道に達しているから、五十嵐は一たまりもなく廊下の外へケシ飛んで、恨めしげに起き上り、
「よくもやったな。いつまでも貴様の一人占めにさせておくものか。オレにも覚悟がある。覚えていろ」
捨てゼリフを残して立ち去った。
「酒を飲ませると、すぐこれだから困ったものだ。しかし今夜であらかた飲みほしてしまうから、明日からはこんなこともあるまい。又来るとうるさいから、おキンさんは先にひきとってカギをかけて休みなさい」
キンをひきとらせて、男だけで益々メートルをあげる。畑中とても男、何ヶ月もの独身生活の味気なさ、なまじ触れられぬ女などは目先に居ない方が清々と酔っ払えようというものだ。
そこへ再びドヤ/\と跫音《あしおと》がして、五十嵐を先頭に四五名の水夫がなだれこんだ。畑中は素早くヒキダシのピストルをとりだして構えながら、
「オレも船長をつとめて久しいが、こんなに手数をかけるのは貴様だけだぞ。場合によっては射ち殺すから、そう思え」
五十嵐もピストルには顔色を変えて、
「何も手数をかけてやしないよ。女をまわすのがイヤなら、オレたちをこッちの仲間へ入れてくれてもいいじゃないか」
「この部屋に女がいるか、よく見るがよい」
「フン。仲間にも入れたくねえのか」
今村がたまりかねて立上って、
「何も仲間に入れないわけじゃアない。女はもう寝てしまったのだ。オレたちだけがこッちにいるからお前らもひがむのだろう。オレたちがお前たちの仲間に入っておれば、お前らも後顧《こうこ》の憂《うれい》なしというわけだ。八十吉君も竹造君も彼らと一しょに飲もうじゃないか。我々だけがここにいると、彼らの妄想は益々ふくらむばかりだからな」
こう五十嵐をなだめ、八十吉と竹造をうながし、連れ立って立ち去った。
竹造は無類の酒好きだ。酔いつぶれるまで飲みたい男だ。真ッ暗なデッキを通り、雑居の大部屋で、薄暗いロウソクのちらつく影を目にしませながら飲みだしたまでは覚えているが、ふと目を覚すと真ッ暗で、あたりはイビキ声でいっぱいだ。又、ねこんで、翌朝目をさますとそこは雑居の大部屋である。ソッとぬけだして、デッキを渡り、船長室の前まで来ると、そこに蒼ざめて立ちすくんでいるのはキンであった。キンは黙って船長室の内部を指した。畑中が殺されているのだ。肱掛椅子に腰かけたまま眠っているところをモリで一刺しに心臓を刺しぬかれたらしい。そのモリは椅子の背にまで刺し込んでいた。そして、金庫が開け放されていた。白黒二ツの大真珠が姿を消していたのである。
キンはよく眠った。ふと目をさますと、もう夜が明けているのに良人の戻った形跡がないので、心配して船長室まで来てみると、畑中が殺されているのを発見したのである。
船内隈なく探したが、キンの良人八十吉と二ツの真珠は再び現れてこなかった。
★
畑中変死の報に面色を失ったのは大和であった。彼の頭に先ず閃いたことは真珠であった。さっそく彼を先頭に金庫を調べると、白黒二ツの大真珠のほかには小粒一つの異常もない。
「フン。たとえ腹の中へ呑みこんで隠しても、日本へ帰るまでには見つけだすぜ。船の外には出られないのだからな」
大和は一同を見渡してせせら笑った。
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