なれた大富豪の子供と分って、これではとても結婚はできないと思った。正司の親や親類が許してくれる筈がないからである。当時としては、完全に有りうべからざる事情だからだ。ところが、案外にも、正司の母は反対しなかった。そして正司の卒業と同時に、二人は結婚した。時に正司は二十二、咲子は十八。咲子は浅虫家の若奥様となったが、それは去年のこと。まる一年たった近ごろになって、咲子ははじめて浅虫家の秘密が分った。スギ子未亡人が咲子の結婚に反対しなかったも道理、浅虫家は良家と縁組みできかねるような陰惨な血があったのである。万引ぐらいは、まだしも呪われた血の中では軽い方の口であった。
 咲子は一也という弟の大学生が嫌いであった。一也は秀才であった。利巧な母と姉にくらべて、この秀才の弟が生れたことは自然であるが、正司だけは不思議に出来が悪い。世間から見れば、バカという程ではないのであるが、この家族の中ではバカが目立つ。一也は兄をバカ扱いである。そこで、その嫁の咲子もバカ扱いだ。いつも皮肉な薄笑いでニヤリ、ジロリと見て、ソッポをむく。それは言葉で皮肉られるよりも、むしろ腹の立つ仕打ちであった。
 その一也が、話
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