たが、父は激怒逆上のあまり庭前を通りかかった甚吉をこの居間へよびこみ一刀のもとに刺し殺してしまったのです。駈けつけて下さいました花田先生の親切なお指図により、甚吉の顔の皮をはぎ、癩病、発狂、自殺と見せて葬り、主人は生きてこの土蔵の中に今も暮していることはお見透しの通りでございます。博司は生来虚弱のところへ、この秘密の暗さにたえがたく、その切なげな日常を見かねて、海外へ送り、彼の地で安穏に生涯を終らせることにはからいましたのです」
「奥様、よくお話し下さいました」
 新十郎は一礼して立上った。
「午後三時には警察の者が参って、花田、野草両名を殺した犯人を捕えることになっております。ですが、それには玄関脇の応接間を拝借させていただくだけで沢山だろうと思います。私どもは無論のこと、警察の者も、再びこの土蔵の前へ立ち寄ることは有りますまい。奥様、末長く万引をお続けなさいませ。お嬢様が結婚あそばすと、一人分の食物から余裕を出すのは、ちょッと苦心なさいますなア。お気の毒ですが、花田、野草二人殺しの犯人一也さんは捕えなければなりますまい」
 新十郎は二人をうながし、深い感動をこめて茫然と見送る二人の
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