追ッつけ帰るだろうと軽く信じて退散したにきまっております。私どもの調査でも、誰一人この点に疑念をいだいている者はおりませんでした」
 未亡人もこういわれて軽く笑い、
「その智恵は花田先生が指図して下さったのです。この後始末ではどれぐらい花田先生のお世話になったか知れません。その後も陰になり日向になり当家をまもって下さいましたが、キク子の婚約がととのいましたのも、一ツにはキク子を救って下さる有難いお志、又一ツには、先生の身に万が一のことが起った場合、若先生に代って当家をまもらせて下さるための有難いお志。なぜなら、あなた様が御存知の通り、この土蔵の中には、五年越し陽の目を見ることも少く病気がちの人間が医薬を必要としているからでございます」
 未亡人は落着いて語りつづけた。
「すべてお見透しですから、今は何を隠しましょう。ただ、当時の切ない事情をおききとり下されませ。キクが庭内を逍遥の折、矢庭《やにわ》に躍りかかった甚吉に首をしめられ手ゴメにされて身ごもったのでございます。一夜キク子が自害して果てようとするのを、かねて私が怪しんでおりました為に、事前に察して取り押え、事の次第を知るに至りまし
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