万引常習者をあとに、外へでた。
「母の心、母の苦心を知らなかった一也。彼も亦わが家の平和をまもろうとして、実はわが家の主護神まで殺してしまったのです。わが子にも隠しおかねばならなかった秘密があるために生じた悲しいカン違い、悲しい犠牲者というべきでしょうか」
新十郎は苦しげに呟いた。
★
「殺されたのが殺した奴で、死んだ奴は生きていたかい」
海舟は手際よくだまされたのが快よげに笑った。
「そうかい。新十郎は見て見ぬフリをしてやったのかい。今や天下にこの秘密を知る者は、新十郎、花廼屋に虎之介、ならびにこの海舟の四名だが、野草に代ってユスリを働きそうなのは……」
海舟がここで口をつぐむと、虎之介はドキリと胸に一発、大砲のタマをくらった驚き、ワナワナと今にも冷汗が流れでそうな不安な面持。
「ナニ、虎にはやれやしねえやな。何一ツ出来ないように生れついているんだなア」
こういわれて、ホッと崩れるような安堵の思い。恐懼《きょうく》おくあたわざる虎之介であった。
底本:「坂口安吾全集 10」筑摩書房
1998(平成10)年11月20日初版第1刷発行
底本の親
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