元くらし、神楽坂で商家の嫁になっている二十五のツネという女を訪ねた。ちょッと渋皮のむけた女であった。
「私は新聞を見て、さてはと思っていました」
と、今までの女と打って変って、お喋り好きの女らしい。
「思い当ることがあるかね」
「思い当る段ではありません。どうしてあれが忘れられるものですか。オノブサンという三十五の人と私が奥の女中でしたが、まだ春先の午後三時ごろというのに奥で戸をしめる音がしますから行ってみますと、戸をしめていらッしゃるのは奥様で、お嬢様が、廊下に見張りのように立っていらッしゃるのです。お嬢様は私を睨みつけて、花田先生に来ていただくように、と仰有るのですよ。花田先生をお連れしますと、呼ぶまでは誰も来てはいけないというキツイ御命令で、夕飯も召上らず、真夜中の十二時まではヒッソリと物音もありませんでした。夜中に私どもが一室によび集められて、旦那様は癩病を苦に狂死なさったが、必ず他言してくれるな。一同にはヒマをやるから、葬式がすんだらひきとるように、と大枚のお金を下さいました」
「屍体の始末に手伝った者はいないかね」
「女中は一人も奥の部屋へは召されませんでしたが、下男の野
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