すぎません。当時ここにいた人は今は一人も居ないのです。しかし、何がでてくるにしても人の心を明るくしてくれることは出てくる筈はありますまいよ」
「ウーム。御|炯眼《けいがん》。先ず、そこから当り始めるのが順序でげす。ヤツガレもチクと同行いたしましょう」
 と花廼屋《はなのや》が尤もらしく打ちうなずくから、虎之介も負けていられない。ナニ、バカな、といいながらも、手順を略してドジをふんでは心外であるから、そこで三人づれが、旅行することになった。
 昔の女中たちの話からは、殆ど今までに分っている程度のことしか知ることができない。七人いた女中のうち全部はまわらなかったが四人には会った。当時、男の使用人は三人居た。野草のほかには、植木屋が一人、車夫が一人。これだけが庭内に宿をもらっていたのであるが、車夫も植木屋も今は行方が知れないのである。
 女中たちの証言で、特に異様なことが一ツあった。新十郎は必ずこう訊くのである。
「奥様と娘のキク子さんは毎月どれぐらいの買物をなさるのだね」
「ハア、よくは存じませんが、時に一軒の店から五千円、一万円等と莫大なものがあったようです。それはまア貴金属類でございま
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