であった。
 キク子の婚約はすぐ家中に知れ渡った。女中まで一様に嬉しそうな中に、一人甚だ不キゲンなのは一也であった。花田が一也に対してそうであるように、一也も花田に対して悪感情をいだいているらしい。彼は姉を悪魔にさらわれ、そのイケニエに供されたように、内心、やみがたい怒りにもえているようであった。
 それ迄結婚を眼中にしなかったキク子であるから、縁談がきまると、いそがしい。年頃の娘なら当然それを前提として心掛けているような嫁入り仕度が殆どできていないからだ。さア、嫁入仕度の買物がいそがしくなると、万引の方もいそがしくなる。裏表両方合せて三人前ぐらいの嫁入り仕度が忽ち出来上ろうというもの。そうでしょう。母と娘と両方の稼ぎがダブルのだから、裏道の御買上げ品の方が集りも早いし、上物も多い。奥の部屋々々にタンスが並び、着物がおさまるにつれて、土蔵の中にはより上等の嫁入り衣裳貴金属がひそかに勢ぞろいをととのえているのであった。
 キク子の嫁入りの日も近づいてきた。キク子の顔は晴れ晴れとしている。今までとは人が変ったように、女らしさが急速に、めざましく生れ育って、にわかに万人の目をうち、心をひきつ
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