方がない。余計なことを言わなければよいものを、無役《むえき》に人を嘆かせるばかりのものを」
「いいえ。私がそれを知りましたのは主人からではありません。一也さんが、まるでヨソのウチの話のように皮肉タップリ語っておきかせだったのです」
「フン。あの一也が。そうだったか」
 花田はフキゲン千万な面持だった。
「あの小才子には困ったものさ。同じ兄弟にも色々あるものだ。キョロ/\と気をまわしてばかりおる」
 花田は一也を好まぬらしく、露骨に不快を隠さなかった。
「ナア。浅虫家の若奥様よ。不快なことはすべて忘れてしまうがよい。忘れるが第一。忘れてしまえば、誰の血も呪われてはいないのだ。癩病の血も、万引の血も、忘れてしまえば、誰の中にも流れてはいないものだて。クヨクヨするのが、何よりよろしくない。つまらぬことが世間にもれては一大事。みんな忘れて暮しなされ」
 花田は咲子をなぐさめてくれた。彼は無遠慮で、礼儀知らず、わが家よりもワガママの仕放題にふるまっているが、こうして話をしてみると、シンは悪心のある人のようではなかった。
 翌日、咲子は未亡人の部屋へよばれた。あたりに人の気配のないのをたしかめた上
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