気持ではいられない。正司と同じ速力で奥様の貫禄をつくらなければならないが、追いつきがたい程であった。
ある昼下りのことである。花田医師がフラリと咲子の部屋へやってきた。なんの遠慮もなくヌッと大きな顔を現して、
「やア。若奥さん。あなたのところへゴキゲン伺いは今日がはじめて、御降嫁以来御無沙汰していたが、うん、こうして御対面、シミジミ拝顔すると、さすがに正司君は目が高い。ヒナには稀な美顔ですなア。いつだったか、正司君の診察をしてあげた時は、あなたはまだ山家育ちの風情であったが、今ではすでに立派な浅虫家の若奥様。イヤ、お見事、お見事。天性利発の性がなくては、こうは変るものではない。当家の客人たるヤツガレも、一安心、また、敬服もいたした。天晴《あっぱ》れ、天晴れ」
と大そう浮かれてお世辞がよい。その筈である。彼は手にウイスキーのビンをぶらさげ、又片手にはカップを持っている。本日はあいにく未亡人もキク子も外出しているので、咲子を肴に一杯かたむけるコンタンである。すでにホロ酔いのキゲンであった。
「女中というものは口サガないから、すでに御存知であろうが、かの母と娘なる深窓の二女が外出あそばす
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