と、お帰りのミヤゲが多くてねえ。しかし、未亡人は、常にあなたの服飾について意を用いておられる。意のあるところは充分に感謝しなければなりませんぞ」
どっちが口サガないか分りやしない。
「昼のうちから御酒を召上って、急病人ができたときにどうなさいますの」
「ナニ、医者は東京にワシ一人ではあるまいて。第一ワシは漢方に洋学のサジ加減をちょッと加味したような雑種なのさ。ワシの倅《せがれ》が三年前に医学校を卒業して、今ではワシよりもサジ加減がよい。特に婦人には親切をつくすそうだから、あなたも診てもらいなさい。そういえば、あなたもニンシンの由承ったが、当家の初孫、まことにお目出たい」
咲子はからかわれていると思った。あまりにも皮肉、残酷なからかいというものだ。
咲子は涙ぐんだ。
「先生は呪われて生れる子供をフビンと思わないのですか」
こう怨じて詰問すると、まさかそれを知るまいと思っていたらしく、花田はさすがにビックリ仰天、酔眼をパチクリさせて、しばし酒臭い大息をフウフウ吐いている。
「フン。正司君もちかごろは見ちがえるような若社長ぶり、見上げたものだと思っていたが、持って生れたバカの性根は仕方がない。余計なことを言わなければよいものを、無役《むえき》に人を嘆かせるばかりのものを」
「いいえ。私がそれを知りましたのは主人からではありません。一也さんが、まるでヨソのウチの話のように皮肉タップリ語っておきかせだったのです」
「フン。あの一也が。そうだったか」
花田はフキゲン千万な面持だった。
「あの小才子には困ったものさ。同じ兄弟にも色々あるものだ。キョロ/\と気をまわしてばかりおる」
花田は一也を好まぬらしく、露骨に不快を隠さなかった。
「ナア。浅虫家の若奥様よ。不快なことはすべて忘れてしまうがよい。忘れるが第一。忘れてしまえば、誰の血も呪われてはいないのだ。癩病の血も、万引の血も、忘れてしまえば、誰の中にも流れてはいないものだて。クヨクヨするのが、何よりよろしくない。つまらぬことが世間にもれては一大事。みんな忘れて暮しなされ」
花田は咲子をなぐさめてくれた。彼は無遠慮で、礼儀知らず、わが家よりもワガママの仕放題にふるまっているが、こうして話をしてみると、シンは悪心のある人のようではなかった。
翌日、咲子は未亡人の部屋へよばれた。あたりに人の気配のないのをたしかめた上
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