がでたり、十年ぐらい前から大して苦労もしないのに石油がでて、前途益々有望、居ながらにして益々大金がころがりこむこと明々白々、まったくお金などというものは、この家にとっては湯水と変りなくタダで出てくるものなのである。
これより石油の大会社をつくり、大発掘しようというので、薄ノロの正司は多忙である。ところが良くしたもので、薄ノロながら、会社管理については、彼は決して薄ノロではない。もっともスギ子未亡人という才媛が背後に控えてサイハイをふるい、一々指令を発している。正司に自ら発明する才がなく、小才をはたらかそうとする野心がないだけ、却って危気《あぶなげ》がない。二十三の若冠ながら充分に社長の重責を果している。咲子の知りそめた書生のころとは打って変って、日に日に貫禄がついてくるから、咲子も案外な思い、あらためて、たのもしくも、いとしくもなる思いであった。結婚したてのころとちがって、正司を訪ねてくる人は、立派な大紳士、大紳商という見るからに威風堂々たる人々で、正司はそれらの人々と何のヒケ目もなく談議している。若僧だけに、甚だひき立って、大紳士にもまして立派に見える。咲子もいつまでも牛肉屋の娘の気持ではいられない。正司と同じ速力で奥様の貫禄をつくらなければならないが、追いつきがたい程であった。
ある昼下りのことである。花田医師がフラリと咲子の部屋へやってきた。なんの遠慮もなくヌッと大きな顔を現して、
「やア。若奥さん。あなたのところへゴキゲン伺いは今日がはじめて、御降嫁以来御無沙汰していたが、うん、こうして御対面、シミジミ拝顔すると、さすがに正司君は目が高い。ヒナには稀な美顔ですなア。いつだったか、正司君の診察をしてあげた時は、あなたはまだ山家育ちの風情であったが、今ではすでに立派な浅虫家の若奥様。イヤ、お見事、お見事。天性利発の性がなくては、こうは変るものではない。当家の客人たるヤツガレも、一安心、また、敬服もいたした。天晴《あっぱ》れ、天晴れ」
と大そう浮かれてお世辞がよい。その筈である。彼は手にウイスキーのビンをぶらさげ、又片手にはカップを持っている。本日はあいにく未亡人もキク子も外出しているので、咲子を肴に一杯かたむけるコンタンである。すでにホロ酔いのキゲンであった。
「女中というものは口サガないから、すでに御存知であろうが、かの母と娘なる深窓の二女が外出あそばす
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