いい、いかにも気のある風情。なやましい気持がグッとこみあげる。そこで先ずハンカチの香気を思いきり吸いこんだと思うと、そのまま何も分らなくなってしまった。音次は程へて気がついてみると、車夫の服装をはがれている。二三時間土の上にねていたらしいが、寒気に死ななかったのが、まだしも幸せ。車夫の服装一式と共に、人力も消えてなくなっている。狐狸のすむ場所だから、本当に化かされたのかも知れないと、音次は青くなって逃げて帰った。
音次の車は翌日帝大の構内にすててあった。車の中に服装一式なげこまれていた。以上のような奇妙な報告がきていたのである。捨吉の話では眉目秀麗な青年紳士だが、音次の客は二十二三の女だという。話が合わない。そこで音次をよんで訊いてみた。
「ヘエ。チョウチンの明りでチョイと見ただけですが、ちょッとしたベッピンのようでした。なんしろ寒うござんすから、肩掛を鼻の上からスッポリ包みこんでいましたから、よくは分りません。頭はイギリス巻のようなハイカラでしたよ」
肩掛はショールともよんだ。今の人には見当もつかないような無骨な流行で、いわば一枚の毛布をスッポリかぶったようなもの。足はひきずるば
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