やりましたか」
「小馬鹿にしたと申しますと、何か致したのですか」
「致すも、致さないも、夜分、当別荘の玄関へ車をつけて、一個の行李を下して、本宅へ届ける行李だが、あとで誰か本宅へ届ける者が受けとりにくるから、その者に行李と二円の祝儀を渡してくれと云って、二円おいて行きおったのです。それから三四十分もたつと戻ってきて、門を叩いて喚きたて、行李をつんで、二円とりもどして行きおったのです。まことに憎いふるまいではありませんか」
「なるほど。して、先に行李を置いて行ったのは何者ですか」
「なに、当人です。小一時間ほどたって、再び現れて、持って戻っただけのことです」
「二人は同一人物でしたか」
「それは同一人にきまっていますとも。二円の仕事を人手に渡す車夫がいますか。昔からゴマノハエと雲助は道中のダニと申す通り、今日、東京のダニはスリと人力車夫。あのダニどもが、二円という大枚の手間を人手に渡すものですか。居酒屋で一パイやる間、この玄関へ保管をたのむ狡猾な手段でしょう」
 若い巡査はこれを本署へ報告した。もう暮れ方であった。
 この奇妙な報告だけでは、署の意見を動かす力にならなかったかも知れない。
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