いと云って騒ぎだしたのが午後一時ごろ。してみると、十一時から一時までの二時間の間に、ヒサは殺されて行李詰めにされたようです。これは先ず確実と思われます」
 一同に異議がないらしいので、新十郎は語りつづけた。
「一人の女、もしくは女装した男のいずれかが、その日の夕方六時ごろ、とっぷり日のくれた上野の山下で音次という車夫をよびとめました。帝大裏と不忍池《しのばずのいけ》の間の淋しい道で音次にクロロホルムをかがせて昏倒させ、女装をぬいで男の車夫に変装して車をひいて走りだすまでに、三十分はかかりますまい。犯人は車夫の姿で車をひいて一散に駈け戻ります。行く先は浅草。飛龍座の隣りの小屋です。一時間なら楽々到着できます。行李をつんで再び同じ道を戻ります。まだ七時半にはならなかったでしょう。かくて約一時間。八時半ごろ、本郷真砂町の中橋別邸へ到着しました。その玄関へ行李を下すと、帝大構内の淋しいところへ車をすてて、車夫の服装をぬぎ、持参の紳士服をきて外套をつけ、ハットをかぶり、忽ち青年紳士に変りました。さて、出発当時の女装一式を包みにしてたずさえた彼もしくは彼女は、急ぎ足に切り通しを降り、九時ちょッと廻
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