主が打ち合せにきたので、彼女と母と小山田の三人で料理屋へ興行主を誘い、用談を終えて三時ごろ小屋へ戻ってきた。留守中に荒巻が硫酸をぶッかけられる事件があったというが、彼女はその時居合せなかった。
荒巻と彼女はさっそく根岸の自宅へ戻って、用が一先ず片づいたので、酒をのみ、五時ごろねむった。彼女はやがて荒巻と結婚するつもりである。荒巻がヒサという女と関係していることは知っているが、ヒサは彼に愛想づかしをしており、そのために彼の気持は一時|荒《すさ》んでいた。特に中橋に誓約書をとられて以来、ヒサの態度は次第に冷淡になり、そのために、彼の愛情は夢之助に傾いて、彼が帰郷するについて、正式に結婚したいということを持ちかけていた。養母への義理があるので、直ちにとはいかないが、なるべく早く結婚すべく、二人は手筈を相談していたのである。以上が夢之助の陳述であった。
これによると、二人の告白は、男女間の愛情問題に於て甚しく見解が相違している。他の点に於ては、食い違いがない。捜査する身にとっては、この食い違いが玉手箱。開けないうちがお楽しみで、しばらくそッととっておいて、捜査を先へ進めてゆく。
小山田新
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