作の陳述はこうである。
彼はたまたま六区へ遊びにきて、夢之助の美しさに見とれ、自ら買って女剣劇の作者に身を落したのである。しかし夢之助が中橋の二号と知ってからは横恋慕を思いとどまった。というのは、彼は中橋を崇拝していたからである。中橋は商品の貿易商であると同時に、興行物の貿易商でもあり、外国の見世物を日本へ、日本の物を外国へ紹介している。というのは、彼は元来が芸人で、明治初年に渡米し、彼の地で芸人から商人に転業した立志伝中の快男児である。夢之助は渡米を倶《とも》にした芸人の娘であった。
十一月三十日には、小山田は一同を指図して、荷造りに忙殺されていた。ふと顔をあげると、恰《あたか》も幻覚を見ているような妖しいことが起った。忘れられない女、ヒサがそこに立っているのである。彼は夢の中にいる時のように自然にヒサをだきしめて、熱く頬をよせたのである。夢はやぶれた。ヒサは悲鳴をあげ、彼は人々に距てられた。それからあとは心をとり直し、思いだすたびに幻を払いつつ、ただ懸命に荷造りにうちこみ、その時までは指図するだけで、めったに自分で手をださなかったが、それからは自ら先に立って荷造りし、人のぶんま
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