学校を卒業したら結婚するという口約の実行をせまるために彼の姿を探していたのであるが、すでに男に裏切られたことは明かであるから、顔に硫酸をブッかけて恨みをはらすのが目的であった。不覚にも荒巻は夢之助の部屋へ逃げたが、そこに夢之助が居合したなら、悲劇はさらに大きくなったかも知れない。幸いキミエの手もとが狂って、荒巻は外套をボロボロにしただけで助かった。
帰郷する筈の荒巻が尚東京にとどまっているのは、ヒサを郷里へ同行せしめるためであった。業半ばに中退とはいえ、帰郷後は就職して一家をなすのであるから、やがてはめとる妻であり、彼はヒサに駈落ちを申しこんでいた。当分華やかな暮しは出来ないかも知れないが、ヒサも切に荒巻との結婚を希望していた。とはいえヒサには母もあり、単に二人だけで手に手をとってとはいかないから、家をたたんで後を追うには用意がいる。それを充分に打ち合せるために東京にとどまってアイビキをつづけていたのである。
彼は汽車にのるはずの十一月二十九日以来、夢之助の家に泊っていた。夢之助は荒巻がヒサを妻にめとることには同意しており、快く手をひくだけの温い心をもっていたのである。十一月三十日
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