リして、
「オレに礼を云うことはない。人を馬鹿にしておる。さッさと行け」
「ヘイ」
 二円もらえば、文句はない。捨吉は老人の小言をきき流して門をでたが、切り通しを降りるころから考えた。浜町といえば、そう遠くはない。一ッ走り、届けるのは何でもないが、二円の祝儀がタダゴトではない。中橋英太郎といえば、今は時めく出世頭の一人。海外貿易商事や興行物ですごいモウケをあげているという評判の旦那だ。ズッシリ重い行李の中身は分らないが、虫蛇お化けでないことは確か。あるいは密貿易の秘密の財宝であるかも知れない。行李を預った車夫がモーローの捨吉だとはお釈迦様でも御存知ないから、次第によっては、そっくり頂戴に及んでもめったに発覚の怖れもなかろう。とにかくたって今夜の中に届けるにも及ぶまいから、まず一夜お預けをねがってゆっくり中身を拝ませていただこう、と、下谷万年町の貧民窟の自宅へ行李を持ちこんだ。
 誰も嫁になる者のないヤモメ暮し。こういう時にはグアイがよい。途中の酒屋で買ってきた貧乏徳利から茶碗酒をガブ飲みして、ホロ酔いキゲン。充分に雰囲気をつくって、宝物を拝もうという捨吉にしては上出来の分別であったが、
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