ないらしい包みを持っている。
捨吉は車を寄せて、
「へ。どうぞ。旦那、どちらまで」
「乗って参るのではない。本郷|真砂《まさご》町に中橋という別荘がある」
「ヘイ。ヘイ。存じておりやす」
「その別荘に行李が一個あずけてあるから、それを受けとり、浜町河岸の中橋本邸へ届けてもらいたい。お前が行李をつむと、別荘番が二円の祝儀をくれるから、お前は一ッ走り、十時前に本邸へ届けなさい」
「ヘイ。それだけで?」
「それだけだ。急いで行け」
と、青年紳士は上野駅の方へ去ってしまった。切り通しを登って三丁目をすぎれば、すぐ真砂町。中橋別荘の門前へ走りついた捨吉が、閉じた門を四五分もヤケに叩いて大声はりあげて案内を乞うと、ようやく門をあけて現れた別荘番の老人が、
「今、門をしめたばかりだというのに、お前はさっきの車夫か」
「さっきの車夫だか、いつの車夫だか知らないが、ごらんのような車夫でさア。本宅へ届ける行李を受けとりに来やしたから、二円の御祝儀をいただきやしょう」
祝儀がよいから、捨吉はせいぜい愛想笑いのようなものをフンパツしてみせる。老人は行李をつませて、二円を与えたが、捨吉が礼を云うと、ブリブ
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