えにならないのかね」
「ハイ。その後、お見えになりません」
 そこで新十郎はヒサの母を返らせて、女中をよんだ。
 この女中は長田ヤスと云って二十一。女中にしては、美しい顔立である。中橋には遠縁に当るとやら。両眼失明した母と二人、中橋のわずかの仕送りで小さな家に細々と暮していたが、昨年母が死んでからは中橋家の女中となり、ヒサが妾宅をもつについて、こッちの女中にまわされた。いわば中橋家子飼いの女中だ。
「お前がヒサの姿を見失ったテンマツを語ってごらん」
「ハイ。三筋町のお師匠さんの家へ参りまして、お稽古がはじまりましたから、散歩にでました。頃合いを見て戻ってみますと、奥さんはもうお帰りだとのことでした。買物に行くと仰有ってたから、いずれお見えになるだろうと、お師匠さんのお宅に三時すぎまで待っていましたが、お見えにならないので、いったん戻りました」
 新十郎はやさしく笑って、
「お前、それは違うだろう。本当のことを隠さず申し立てなくてはいけないよ。お師匠さんのもとで、最近ヒサはお稽古したことはなかったのだろう。お前をそこへ残していずれへか荒巻とアイビキにでかけたに相違あるまい。お前はその戻っ
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