をめとる者の家に凶事をもたらすと伝えられている。その伝えの如くに姉妹は絶世の美女で、姉は婚家の産を破り、妹は殺害せらるるに至った。
十一月十一日は赤裂地神を祭る天王会の祭日で、本殿は一日ごった返していた。月田家の車夫竹蔵は本殿の門の脇に車をよせてまち子の帰りを待っていたが、いつか本殿の物音はしずまり夜は更けて人の気配もなくなったのに、まち子の姿が現れない。たまりかねて本殿の玄関番にきいてみると、もうとッくにお帰りだぜ、という返事。それでは多くの人の往来にまぎれて主人の姿に気がつかなかったのかと慌てて主家へ戻った。女中にきいてみると、さア、お帰りのようではないが、という話。そのときはもう午前二時であった。
翌朝、月田家の庭木戸の外の路上に、ノド笛をくいきられ、帯をといて着物をはがれ腹をさかれて肝臓をとられたまち子の死体がころがっていた。ところが、その場にはあまり血が流れていなかった。よそで殺して運ばれてきたことが一目瞭然であるから、血痕を伝って行くと、月田家の広い庭園のひっそりと林につつまれたアズマヤが血の海で、そのあちこちにまち子の下駄や帯や臓器の一部が四散しているのが発見された。まごう方なく殺人の場所である。意外。まち子は天王会の本殿にあらず、わが家の庭園中に於て殺害せられたのである。
そのとき、目をさまして顔も洗わずとびだしてきたらしく、寝みだれ髪にナイトガウンを羽織った男が荒々しく現れた。まち子の良人《おっと》月田全作である。牛津《オクスフォード》大学卒業の新知識。親の遺産をついで活溌にうごきだした少壮実業家、金融界の逸材だ。
彼は自分の進路に立つ者があれば、これを突き倒してシャニムニ真ッすぐ突きすすむような荒々しさで警官たちの方へ進んできたが、
「警官の責任者は誰れか」
彼は横柄に一同を見廻した。妖しく光るような怖しい目の色である。事件は発見されて間もない時で、漸く土屋という警部がかけつけて指揮をとっていた。土屋はすすみでて、
「まだ警視庁から誰も見えておりません。やむなく自分が指揮をとっております。自分は土屋警部であります」
「妻の死体は?」
「検視をうけるまで現場にそのままに致してあります。庭の木戸をでた路上ですが、御案内いたしましょう」
土屋はハラワタが凍るような気持がした。夫人の死に様もむごたらしいが、これをジッと見つめている良人の姿がとても人間とは思われなかったからである。怖しい目は食いこむように妻の死体を見つめている。やさしい感情のうごきなどは、どこにもない。身動きもせず見つめること一分あまり、クルリとふりむいて、土屋をアゴで指しまねいて、庭内へとって返した。
「妻を殺した者は判っている。カケコミ教の悪者どもだ。妻は数日前から、告白していたのだ。カケコミ教の隠し神にノドを食いきられ腹をさかれ肝臓をとられて死ぬだろうと。妻が邪教に命じられた献金をオレがズッと拒むようになったからだ。だが、何かと策を弄して献金していたようだ。セッパつまれば、奴めはオレを殺してでも、月田家の全財産を献金するツモリでいたのさ。奴めが殺されて、月田家は無事安泰というものさ。だが、オレが殺したのではない。ハッハッハ」
全作は大木が風にゆれるように身をゆすり異様に底深い笑声をたてた。
「カケコミ教の全員をひッ捕えて、邪教をつぶしてしまうがいいぜ。だが、悪だくみの奴らだなア。まるでオレを下手人と見せかけるように、この邸内へひきいれて殺すとは、狡智きわまる細工ではないか。オレの云うことはそれだけだ。あとはお前らの働きだが、これだけ教えてやったのだから、マチガイもあるまい。この邸内からは、なるべく早く立ち去るがよい。甚しく目障りだから」
彼は土屋を睨みつけて、さッさと戻ってしまった。
★
新十郎の一行も到着して、さっそく捜査にかかったが、直ちに甚しい障壁にぶつかってしまった。天王会の信徒は、堅く口をつぐんで、誰一人一言半句の答をなす者もないからである。辛うじて牧田の口からかなり貴重な事実の数々が判明したが、イザという要所になると、平信徒の牧田では、どうにもならず、まったく確証があがらない。
牧田は密々に捜査本部へ招ぜられて、新十郎からきわめてこまかな取調べをうけた。牧田は最高学府の教育をうけ私大の教師にまねかれるところを、密偵の話をきき、かねて邪教に興味をいだいていたところから、すすんでこの役をひきうけた変り者である。密偵とは卑しいことをする、と云って友人たちから甚しく蔑みをうけたが、たった一人かばってくれたのが坪内逍遥だったそうだ。しかし彼が有能な人材であったがために、この奇怪きわまる謎の解明が意外に早くなされることとなったが、牧田の正確な報告に加えて、新十郎に万人の見のがすカギをよく捕捉する学識と
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