張りこんで、とうとう首実検をすることができたが、果然、月田ミヤ子こそは達也の同伴した女に相違なしと判明した。

          ★

 捜査の目は改めて月田邸へ差しむけられることになったが、幸いに新十郎は遊学中にロンドンで顔を合して、月田全作とは全然知らない仲ではない。
「あの方は大そうガンコで人づきの悪い人と記憶しますが、まア、私一人で訪ねて行ったら会ってくれないこともありますまい。皆さんをお連れできないのは残念ですが、そんな事情ですから、私にまかせて下さい」
 そこで新十郎はただ一人、月田銀行を訪ねて、全作に会見することができた。
 だが全作は全くガンコで、知らぬ、存ぜぬの一点ばり、
「あの犯人はカケコミ教にきまっていますよ。まち子は自分の持ち物、宝石類や預金などをみんな寄進したアゲク、私に無断で多額の預金をひきだして寄進したこともあります。それが発覚して以来、私の預金や株券は、私以外の誰も現金に代えることができないような方法を講じましたから、奴めは窮して、宗達の屏風や雪舟の幅などを教会へかつぎこんで寄進しておったのです。それも発覚してからは、金庫のカギも土蔵のカギも、カギというカギは、私の身につけるか、銀行の金庫へ保管するかして、奴めの手出しの出来ない方法を講じてやりました。そこで奴めはカケコミ教に寄進ができなくなりましたから、教会にうとんぜられ、奴めはそれを私のせいにして、私を殺すことをたくらんでいましたよ。夫婦ですから、気配でハッキリ分ります。狂信者には、良人もなければ、人倫もありません。宗教あるのみです。どういうワケか知りませんが、奴めは最近に至って、カケコミ教に殺されると云っておりました。狼に食べられて腹をさかれるということを予言しておったのです。予言が実現したわけですが、かのカケコミ教は、私を犯人と見せるために、私の家の庭園中でまち子を殺したのです。私たち夫婦の不和や敵意などを、まち子の口からきいて知っていたからでしょう。かえすがえすも憎むべき狡智の邪教徒どもです」
 彼はこう云いはるのみで、他は口をつぐんで答えない。見るからに精力的な、あくまで強情な人柄であるから、一たん云いはったら、テコでもうごくものではない。新十郎はあきらめて、
「では、妹御にお目にかからせていただきたいものですが、よろしいか」
「それは妹の自由です」
「では、さッそく留守宅を訪問いたしますから、悪しからずおききおき下さい」
「妹は兄にまけない強情な女ですからな。アハハ」
 全作の笑声を背中にきいて新十郎は戻ってきた。
 これを一同に報告して、重立った者のみが七八名で、竹早町の月田邸を訪ねた。久世山の教会から月田邸までは、歩いて十分あまりの距離でしかない。
 まず女中に乞うて、庭に入り、現場をつぶさに調べる。女中たちをよびあつめて、誰か深夜にそれらしい音はきかなかったかときくと、使用人の部屋はすべて庭の反対側に面しているから、庭の奥の物音はいかな深夜でもきこえないという返事である。なるほど、使用人の部屋から、アズマヤまでの距離は直線にしても甚大で、きこえないというのが当然のようだ。
 あいにく庭の裏手は道路を距てて広い校庭になっており、近所には人家が一軒もない。聞き込みの当てもないのであった。
 新十郎はしばし現場のアズマヤにたたずんで四方を眺めた。そこは大木にとりかこまれて、さながら深山幽谷にいるかのような趣き、四辺の木々はひっそりとしずまって、まるで一里の厚さにかこまれた森の中のようであった。彼はアズマヤの中へはいってアチコチ見まわした。藁ブキのアズマヤであった。
 新十郎は密森から明るい池の方へでて女中をよんで、
「ちょッとお嬢さんにおききしたいことがあるのだが、こちらへ来ていただいたものか、お嬢さまのお部屋へうかがったものか、御都合をうけたまわって下さい」
 月田邸へ到着するや、いきなりミヤ子に会いたいと云わなかったのは賢明の策。ミヤ子に会うのは主たる目的でも何でもないような様子を見せたから、それではおいで下さいと広間へ通された。ミヤ子は一同をむかえて、
「私に何の御用でしょうか」
「喪中にお騒がせいたしまして、無礼の段おゆるし下さい。今回はまことにおいたわしいことでした」
「いいえ、別にいたわしいことはございません。当家は別段喪に服してはおりません。変死人の死体は寺へ預けて一切任せてございます。兄は平常通り出勤いたしております」
「ヤ。そのような話は承っておりました。失礼ですが、お嬢さまは天王会の信者でいらッしゃいますか」
「いいえ。当家は代々法華宗を信仰いたしております。」
「これはお見それいたしました。天王会の赤裂地尊の祭日にお嬢さまが出席されておりますから、信徒とまちがえました。あの祭日の行事中、特にお嬢さまが御出席の
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